飯田大火

「飯田大火（いいだたいか）」は、1947年（昭和22年）4月20日、長野県飯田市で発生した未曽有の大規模火災です。この火災により、3,742棟もの建物が焼失し、その焼損面積は481,985平方メートルに及びました。これは、第二次世界大戦後の日本で発生した市街地火災としては、焼損面積において最大級の規模とされています。

火災が発生する以前の飯田市は、かつて城下町として栄え、京都の町割を参考にしたといわれる細やかな格子状の都市構造を持っていました。しかし、その街並みは道幅が狭く、木造の長屋建築が密集しており、構造的に火災に対して非常に脆弱な状態でした。実際に、飯田大火が発生する前年の1946年（昭和21年）にも、198棟を焼く火災が発生しており、度々火災に見舞われる危険をはらんだ地域でした。

1947年4月20日、乾燥した空気が広がる中、午前11時48分頃、市内の扇町付近にある八十二銀行裏手の民家から火の手が上がりました。出火当時は風速4メートル程度の風でしたが、火はあっという間に周囲に燃え広がっていきました。事態を重く見た市民たちは、パニック状態に陥り、火災現場から遠い場所も含めて市内の多くの消火栓を一斉に開けてしまいました。この行動により、消火活動に必要な水圧が著しく低下し、現場に駆けつけた消防団（当時は警防団）による初期消火活動は効果を発揮できず、鎮火の機会を逃してしまいました。午後になると、風速は15メートルにまで強まり、火の勢いはさらに増大しました。この時点では、もはや消防の手に負える状況ではなくなり、炎は約10時間にわたって市街地をなめ尽くしました。

最終的に、火災は飯田市の中心市街地の約7割にあたる広大な範囲、48万平方メートル以上を焼き尽くしました。この大火で、3名の尊い命が失われ（死者・行方不明者）、4,010戸が罹災、17,778人もの市民が住まいや財産を失う大きな被害に見舞われました。

飯田大火の被害がこれほどまでに拡大した要因は、複数挙げられています。まず、空気が乾燥し強風が吹くという悪劣な気象条件が重なったこと。次に、城下町特有の狭い道と密集した木造建築という構造的な脆弱性です。さらに、当時の消防設備の不備に加え、市民パニックによる初期消火の失敗が延焼を止められなかった決定的な要因となりました。また、各戸に設けられていた土蔵も、手入れが行き届いていなかったために十分な延焼遮断効果を発揮できなかったと指摘されています。さらに、この日は参議院選挙の投票日であり、留守宅が多かったことも避難や初期対応の遅れに繋がったと考えられています。防災研究者の亀井幸次郎氏は、市内にあった八十二銀行の堅牢なコンクリート製建築物が、まるでバリケードのように機能し、火の勢いを東西に二分したことも延焼範囲を広げる一因となったと分析しています。一方で、奇跡的に焼失を免れた仲ノ町の区域には、現在も大火以前の古い建物が一部残されており、当時の街並みを偲ばせます。

大火からの復興は、翌年の1948年（昭和23年）から本格的に始まりました。町全体の区画整理は進められたものの、火災発生時の避難経路や消防活動のための通路が不足していたことへの反省が強く残されました。この教訓から、市民の協力を得て、各戸の裏側に幅員2メートルの通路を設ける「裏界線（りかいせん）」の整備が進められました。これは、緊急時の避難や消火活動をスムーズに行うことを目的とした、画期的な取り組みでした。

さらに、市は将来の大火に備えるため、中心市街地に幅の広い防火帯となる道路を2本整備し、これらを街の中心で交差させることで、市街地を四つの区域に分割しました。この計画は、万が一再び大火が発生した場合でも、火元のある区域のみの焼失に留め、それ以上の延焼を防ぐことを狙ったものです。1953年（昭和28年）からは、この防火帯道路の緑地帯に、地元中学生たちの手によってりんごの苗木が植え始められました。これが「飯田りんご並木」となり、焦土からの復興と未来への希望を象徴する存在として、飯田市のシンボルとなりました。飯田市の中心駅である飯田駅が1992年（平成4年）に改修された際にも、駅舎のデザインにりんごが取り入れられるなど、飯田りんご並木はまちのアイデンティティとして深く根付いています。

しかしながら、大規模な区画整理事業が進められる中で、旧城下町時代の多くの地名が公的な記録から姿を消しました。例えば「荒町」は「中央通り」と改称されています。また、「松尾町」のように地名は残った地区でも、かつての空間的な区分が変更されるなど、復興は街の景観や歴史的な構造にも大きな変化をもたらしました。

飯田大火は、飯田市に壊滅的な被害をもたらしましたが、同時に防災の重要性を改めて認識させ、未来を見据えたまちづくりの契機となりました。裏界線や防火帯道路、そして飯田りんご並木は、その悲劇から生まれた復興のシンボルであり、市民の防災意識と協力を形にした取り組みとして、現在も生き続けています。

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