香川漆器

香川県で受け継がれる伝統的な漆器は、香川漆器と呼ばれます。古くは讃岐漆器や高松漆器とも称されました。この地の豊かな文化が育んだ工芸品です。

その歴史は江戸時代前半、寛永15年（1638年）に高松藩主となった松平頼重公が、漆芸や彫刻に深い理解を示し、その発展を奨励したことに始まります。そして江戸時代末期には、玉楮象谷という稀代の芸術家が登場します。象谷は中国から伝わった彫漆、蒟醤、存清といった技法を深く研究し、これを基に独自の技法を生み出しました。この象谷の創造が、今日の香川漆芸の揺るぎない基盤を築き上げました。

現在、香川漆器には、国によって伝統的工芸品として認められた五つの主要な技法があります。それは、彫漆、蒟醤、存清、後藤塗、そして象谷塗です。これらの技法それぞれが独特の美意識と技術を体現しています。

主要な技法

蒟醤（きんま）

蒟醤は、漆を幾重にも塗った表面に、特殊な彫刻刀（「剣」と呼ばれます）を用いて繊細な文様を彫り込む技法です。彫り込んだ線や点の溝に、異なる色の漆を埋め込み、最後に表面を平らに研ぎ出すことで、色鮮やかな模様を浮かび上がらせます。これは一種の「漆の象嵌」とも言えます。彫りの種類には直線的なものから点描まであり、使う剣も丸いものや角ばったものなど様々です。漆の表面を彫って色を埋め込む点は沈金に似ていますが、沈金が主に金粉・金箔を線彫りの溝に入れるのに対し、蒟醤は色漆を使い、文様の線だけでなく面や点も色に応じて彫り分け、ヘラや筆で丁寧に色漆を充填し研ぎ出す点が特徴です。

彫漆（ちょうしつ）

彫漆は、器の表面に漆を非常に厚く塗り重ねた層を、彫刻刀で削り出して立体的な文様を表現する技法の総称です。その起源は古く中国の唐時代に遡ると言われています。単色で塗り重ねて漆層の深さで濃淡を表す手法と、複数の色を交互に塗り重ねて彫り出すことで色彩豊かな文様を生み出す手法があります。特に香川の彫漆は、多色の重ね塗りを特徴とし、非常に鮮やかな色彩を持つ作品が多く見られます。漆を厚く重ねるためには、時には百回以上に及ぶ塗りを重ねる必要があり、一層一層が完全に乾燥するのを待たなければならないため、完成までには長い年月を要します。厚い漆層を塗り重ねる根気強さと、わずか数ミリの層の中から正確に色を引き出す彫刻刀の鋭い技が融合することで、深みのある芸術作品が生まれます。

存清（ぞんせい）

存清は、漆で仕上げた地の表面に、まず色漆を使って絵を描くように文様を描き出す技法です。色漆が乾いた後、その描かれた文様の輪郭線や細部を「剣」と呼ばれる刃物で丁寧に線彫りします。彫り込まれた溝はそのままにすることもあれば、別の色の漆や金彩などを施してアクセントとすることもあります。「存星」と書かれることもありますが、この技法名の由来は明確ではありません。独特の線の表現と色彩が魅力です。

香川漆器からは、多くの著名な漆芸家が生まれています。中には、国の重要無形文化財保持者（人間国宝）に認定された方も複数いらっしゃいます。蒟醤技法では磯井如真氏、磯井正美氏、太田儔氏、山下義人氏などが、彫漆技法では音丸耕堂氏などが代表的な存在です。これらの偉大な芸術家たちの技と精神は、香川県漆芸研究所や高松工芸高校といった専門教育機関によって次世代に受け継がれています。これらの施設からは、多くの才能ある漆芸家が巣立ち、香川漆芸の伝統を守り、さらに発展させています。

香川漆器は、歴史の中で培われた高度な技術と、それを継承し創造を続ける人々の情熱によって支えられています。機能的な器から芸術性の高い作品まで、その魅力は国内外で高く評価されており、日本の美意識を伝える重要な伝統工芸品の一つです。

もう一度検索