玉楮象谷

玉楮 象谷（たまかじ ぞうこく）

江戸時代後期に活躍した日本の漆工職人です。文化3年（1806年）に讃岐国高松で生を受け、明治2年（1869年）に没しました。本名は為造といい、敬造や正直といった通称でも知られています。讃岐国における漆工技術、特に彫漆（ちょうしつ）の分野において多大な貢献をし、現在の香川漆器の基礎を築いた人物として歴史に名を残しています。

生い立ちと修行

象谷の家は代々漆工の技術を受け継いでおり、祖父の藤川理左衛門は鞘塗師でした。父の藤川敬三（または藤川洪隆、通称理左衛門や敬造、号は蘭斎）も家業を継ぎ、象谷は幼い頃から父の指導のもとで漆工の技術を磨きました。また、彼は並行して彫刻も学び、その後の作品に深みを与える素養を培いました。

修行時代、象谷は幅広い分野の著名な文化人や芸術家と交流を深めます。京都では、書家の貫名海屋、陶芸家の永樂保全、漢詩人の篠崎小竹らと親交を結びました。また、漆工家の阿部絹洲や宮本敬哉とも交流し、特に永樂保全や宮本敬哉とは厚い友情で結ばれました。これらの交流は、象谷の芸術観や技術に大きな影響を与えたと考えられます。

独自技法の確立と藩への仕官

象谷は、従来の技術に満足せず、漆の配合や彫刻に用いる刀（彫刀）に創意工夫を凝らしました。その結果、彼は独自の漆工技法である「象谷塗」を確立しました。これは後に「讃岐蒟醤（さぬききんま）」として知られるようになり、鮮やかな光沢と精緻な表現を特徴とする彼の代表的な技法となりました。また、一説には、堆朱（ついしゅ）の伝統技法を継承する堆朱楊成の門弟であったとも伝えられていますが、詳細は定かではありません。

その卓越した技術と芸術性は、当時の高松藩主の目に留まりました。藩主の命を受け、象谷は花鳥風月、例えば花や蝶、蜉蝣（かげろう）や翡翠（かわせみ）などを精巧に意匠した印籠を制作・献上しました。この献上を機に、彼は藩の御用を勤める官工となり、名字帯刀（みょうじたいとう）を許され、「玉楮」の姓を名乗ることを許されました。これは、職人としては異例の厚遇であり、彼の社会的な地位の向上を示す出来事でした。

活躍と評価

文政13年（1830年）10月からは、高松藩主である松平頼恕に仕え始め、その後、次代の松平頼胤、そして松平頼聰と、三代にわたる藩主のもとで漆工として活動しました。この間に制作された作品は300点以上に及ぶとされ、彼の旺盛な創作意欲と高い生産能力を示しています。

象谷の作品は、その精緻さと独創性により、藩内のみならず広く知られるようになりました。嘉永年間（1848年-1854年）に、アメリカの黒船が讃岐国の寒川（さんがわ）にある志度浦に訪れた際には、象谷が制作した大盆が艦長に贈られ、艦長は深く感謝したというエピソードが残っています。また、彼の漆研（漆塗りの硯）を見た清国人が、その意匠の巧みさと優雅さに驚嘆したという逸話も伝わっており、当時からその芸術性が国内外で高く評価されていたことが伺えます。

後世への影響と遺産

象谷は明治2年（1869年）に63歳でこの世を去りました。彼の確立した象谷塗（讃岐蒟醤）の技術は、後の香川漆器の発展に不可欠なものとなり、今日まで受け継がれています。彼の功績を称え、高松市立中央公園には象谷の銅像が建立されており、彼の偉業を今に伝えています。

代表的な作品としては、「黒岩枕（くろいわまくら）」があります。この枕は内部に三段の引き出しを備えた実用性と芸術性を兼ね備えた作品で、外面には象谷自身が書いた文字が施されています。

家系

玉楮象谷の家系もまた、漆工や彫刻に携わる者が多くいました。父の藤川洪隆は漆工、兄弟の藤川舜造は讃岐彫りの名工として知られ、その子の藤川新造や藤川米造もまた家業を継いでいます。象谷自身にも才能豊かな子がおり、玉楮槐庵は漆工、玉楮拳石と玉楮雪堂、玉楮籐榭は彫刻を得意としました。特に玉楮籐榭は書にも秀で、儒学者の藤沢南岳に師事するなど、多才な一面を見せました。彼らの活動は、玉楮家が江戸時代から明治にかけて、讃岐漆芸・彫刻の世界で重要な役割を果たしたことを示しています。

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