駅逓所

駅逓所（えきていじょ・えきていしょ）は、江戸時代末期から昭和時代初期にかけて、広大な北海道の僻地における交通や通信を支える重要な役割を果たした施設です。旅人の宿泊、物資の運搬や交換、そして郵便物の取り扱いなど、多岐にわたるサービスを提供し、開拓期の北海道において欠かせない社会インフラの一つでした。

この「駅逓（えきてい）」という制度は、江戸時代から北海道（当時は蝦夷地）において独自の形で存在していました。人口が希薄で交通網が未発達な地域における旅人の便宜や、藩や幕府、そして場所請負人による物資の輸送・通信を円滑に行うことを目的として、人馬を備えた施設（駅舎）が設置されていました。和人地では村の役人が、蝦夷地の請負地では場所請負人がこれらの業務を担っていました。

明治時代に入り、開拓使が設置されると、この駅逓制度は新たな局面を迎えます。明治維新直後の明治2年（1869年）に場所請負制が廃止されると、開拓使はそれまで運上屋や会所などと呼ばれていた駅逓業務を扱う施設を引き継ぎ、「本陣」と改称して直接的な管理下に置きました。その後、明治5年（1872年）には本州では本陣制度が廃止されましたが、北海道では名称を「駅場」、さらに「駅逓扱所」、そして最終的に「駅逓所」と改めながら、独自の制度として存続し、整備が進められました。

駅逓所は、半官半民の形態で運営され、駅逓取扱人が業務にあたっていました。政府や開拓使からの補助を受けつつ、旅人からの宿泊費や運賃、通信費などを収益として運営を維持していたと考えられます。1882年（明治15年）に開拓使が廃止された時点でも、道内に112カ所の駅逓所が存在していました。その後も北海道の開拓の進展に合わせて、新たな駅逓所が設置される一方で、交通網の発達などにより役割を終えた施設は廃止されていきました。最盛期には道内におよそ600カ所以上が設けられていたと記録されていますが、時代が下るにつれてその数は減少し、最終的にすべての駅逓所が廃止されたのは昭和22年（1947年）のことでした。

駅逓所は、単なる休憩所や宿泊施設に留まらず、辺地の交通結節点、物資の集散地、そして情報伝達の拠点として多機能な役割を担っていました。郵便制度が未整備な地域では、郵便物の中継や配達を行う郵便局のような役割も果たしました。厳しい自然環境の中、旅人にとっては安全な休息場所であり、開拓者にとっては外界との繋がりを保つ生命線ともいえる存在でした。

現在、北海道内にはかつて駅逓所として使用されていた建物がいくつか現存しています。これらの建物は、開拓期の歴史を伝える貴重な遺産として、文化財に指定されて保存・公開されているものや、その所在地が史跡として整備されている場所が少なくありません。例えば、旧島松駅逓所（北広島市）、旧奥行臼駅逓所（別海町）、旧ソーケシュオマベツ駅逓所（喜茂別町、北海道開拓の村に移築保存）などが挙げられます。

駅逓所は、明治初期から中期にかけて北海道の開拓が進む上で、物流や通信、人の移動を支える基盤として極めて重要な役割を果たし、北海道の歴史を語る上で欠かせない存在と言えるでしょう。

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