駆ける男

駆ける男

松本清張による短編小説『駆ける男』は、1973年1月に『オール讀物』で初発表され、1977年には短編集『馬を売る女』として文藝春秋から刊行されました。本作品は1980年にテレビドラマとしても放映され、多くの人に親しまれています。

物語は、瀬戸内海に面した美しい景観を持つ「亀子ホテル」が舞台です。この老舗ホテルは、高貴な方々も訪れる由緒ある場所であり、特別室には皇族が宿泊した名残が色濃く残されています。ホテルの近くには料理屋「蓬莱閣」があり、急傾斜の渡り廊下でつながっているという独特のロケーションが、物語にドラマティックな展開をもたらします。

物語の中心人物である村川雄爾は北陸地方の成金で、若い後妻の英子と共に特別室に宿泊します。雄爾は心臓が弱い体質であり、自身の健康に気を使っていました。ある晩、彼らは夕食を取るために蓬莱閣へと向かいました。しかし、食事中に雄爾は鎌田栄子という女中頭の姿を見かけて突然動揺し、「あいつが、居た…」と呟きます。その瞬間、何か得体の知れない恐怖が彼を襲い、雄爾は急に立ち上がって逃げ出します。急傾斜の渡り廊下を全速力で駆け上がる彼の姿は、まさに「駆ける男」です。しかし、その直後、心臓麻痺によって命を落としてしまいます。

一方、物語にはもう一人の男、蒐集狂の山井善五郎が登場します。彼は全国各地の「高貴の間」に侵入し、貴重な備品を収集するのが趣味の男です。雄爾が不在となった特別室にこっそりと忍び込む善五郎は、古い桐の鍍金飾りを剥がして目的を達成しますが、床に奇妙な物体を発見します。この発見が、物語をさらに緊迫させる要因となります。

清張は本作の手控えメモに、実際の場所での体験を記しています。愛知県蒲郡のGホテルをモデルにしたと思われる亀子ホテルは、本館から料理店までトンネル式の長い廊下で結ばれているというエピソードは、作品にリアリティを与えています。急な傾斜を歩いて上ることの難しさは、物語の緊張感を一層引き立てています。

本作は、サスペンスと探偵小説の要素が交錯する独特の作品であり、読者に深い印象を与えます。テレビドラマ版では、田中明夫が村川雄爾役、浜木綿子が後妻の英子役を演じたことが記されています。また、数々のキャストが出演しており、映像化されたことでさらに多くの視聴者に作品の魅力を伝えることに成功しました。松本清張の独自の世界観や、人間の心理に迫る描写が、本作における重要なテーマとなっています。

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