高松市民の歌

高松市民の歌

「高松市民の歌」は、香川県高松市によって第二次世界大戦中に制定された市民歌です。作詞は小川木南（本名：野田弘）、作曲は著名な中山晋平が手掛けました。この歌は、戦時下の特別な状況下で誕生し、その制定背景や歌詞、そして戦後の扱いに独特の経緯を持っています。

制定に至る背景

高松市には、1912年（明治45年）に既に「高松市歌」が二種類制定されていました。しかし、1941年（昭和16年）12月に太平洋戦争が開戦すると、市は新たな市民歌の制定を企画します。その制定意義は、当時の緊迫した戦時下の状況を強く反映したものでした。具体的には、「大東亜戦争の最中にあって、戦争完遂という目標に向けて、勢いよく、自らを投げ出して行動する12万市民の、燃えるような熱意と力を象徴する」歌として位置づけられました。これは、既存の市歌が時代の要請に応えきれないと判断されたためと考えられます。

歌詞の公募と選考

新しい市民歌の歌詞は、懸賞募集という形で広く一般から募られました。この歌詞募集には、著名な作家である菊池寛、吉川英治、そして詩人の西條八十の三氏が審査委員として迎えられ、選考の重みを示しています。多数の応募作品の中から選ばれたのは、当時丸亀市で国民学校の教員を務めていた野田弘氏が、「小川木南」というペンネームで応募した作品でした。

野田弘氏は、この市民歌の作詞から11年後の1953年（昭和28年）には、今度は「小川楠一」という名義で「香川県民歌」の懸賞募集にも入選しています。これは、同一人物が香川県の県民歌と、その県庁所在地の市民歌の両方を作詞するという、全国的に見ても非常に珍しい事例となっています。作詞家としての野田氏の才能を示すエピソードと言えるでしょう。

作曲と発表

選定された歌詞への作曲は、当時ビクター専属の作曲家として活躍していた中山晋平に依頼されました。中山晋平は多くの童謡や流行歌を手掛けた国民的な作曲家であり、その起用は歌の普及を期待してのことと思われます。作曲が完成した後、「高松市民の歌」は内町公会堂にて発表演奏が行われ、市民に披露されました。

歌詞と現在の状況

「高松市民の歌」の歌詞と楽譜は、1943年（昭和18年）版の『高松市勢要覧』に掲載されており、その内容を確認することができます。歌い出しから「東亜の秩序」といったフレーズが登場するなど、当時の国家主義的な思想や戦時下のスローガンを色濃く反映した、今日から見れば大時代的な内容となっています。

興味深いのは、これほど戦時色の強い歌でありながら、終戦を経ても明治時代に制定された既存の市歌二曲と同様に、公式には廃止されることなく、現在も高松市の市民歌としての地位に形式上は留め置かれている点です。しかし、その実態は異なります。高松市役所では、この歌の現在の使用状況については「把握していない」としており、市の公式サイト上でも一切紹介されていません。事実上、市民の間で歌われたり、市の公式行事で用いられたりすることは皆無に近い状態にあると考えられます。

まとめ

「高松市民の歌」は、高松市の歴史において、特に太平洋戦争という激動の時代が生んだ文化的な記録物と言えます。戦時下のプロパガンダ的な色彩を持ちながらも廃止されず、しかし現代においてはその存在すらほとんど知られていないという、複雑な運命を辿っています。作詞者が後の県民歌も手掛けたというエピソードを含め、高松市の近現代史を物語る一つの要素として、歴史的な関心を惹く歌であると言えるでしょう。現代の高松市民にとって、この歌は過去の記録の中にひっそりと存在しているのが現状です。

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