鰯売恋曳網

鰯売恋曳網

『鰯売恋曳網』（いわしうりこいのひきあみ）は、著名な作家三島由紀夫が手掛けた歌舞伎の演目である。この作品は、高名な遊女に夢中になった鰯売りが、彼女に近づくために身分を偽り、華やかな娯楽の世界を描く物語だ。恋、偽り、そして運命の交錯がテーマとなり、登場人物たちの感情が生き生きと表現されている。

物語の中心にいるのは、鰯売りの猿源氏。彼は、川風にあおられて輿の御簾の隙間から都一の美しい遊女、蛍火を見つけて一瞬で恋に落ち、その想いに悩まされる。彼は恋の病にかかり、声も出せなくなるほど。父親から叱責される理由も、すべてはこの恋愛のせいだ。その後、父親の計らいで、猿源氏は大名に扮して蛍火のいる場所へと乗り込む。

猿源氏は、蛍火を座敷呼ぶために軍物語を披露するが、その話に登場するのは魚たちばかりで、まるで魚介類による合戦譚のようだ。この様子に周囲が焦りを見せ、演出が必要となるが、酔いがまわった猿源氏は、寝言でまたもや鰯の売り声を上げてしまう。この言葉が蛍火の心を揺さぶり、彼女の身の上話が始まる。かつて蛍火は城の姫だったが、鰯売りの声に心を奪われ、家を出てしまったことを打ち明ける。

蛍火は鰯売りの本物に会うことを夢見ていたが、目の前にいるのが一介の侍であることを知り、失望する。自ら命を絶とうとする蛍火を猿源氏は必死に止め、彼が贋者の大名であり本当は鰯売りであると明かす。そこから二人の関係が変化し、蛍火は自由を求める決意を固める。

物語の結末では、蛍火は身請金が整い廓から解放されるが、彼女は城に戻ることを拒む。猿源氏との新たな人生を選択し、鰯売りとしての生業を共にする決意を持って、新たな一歩を踏み出す。

この作品は、1954年に歌舞伎座で初演された後も多くの公演が行われ、特に中村勘三郎や坂東玉三郎といった有名な俳優たちが出演することで高い評価を受けている。また、三島による数々の翻案や演出が行われ、歌舞伎としての技術や伝統を訴求し続けている。さらに、オーストラリアや中国でも翻訳され、国際的な舞台でも愛されている。

作品は、エンターテインメントとしての側面が強く、笑いや祝祭的な雰囲気を兼ね備えており、三島由紀夫の文学作品とは異なる一面を持っている。その豊かな表現と深いテーマは、多くの観客を魅了し続けている。このように、愛と運命を巡る物語が観客の心をつかむ力を持つことが、この演目の魅力である。

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