鳩は地獄から来る
ロバート・E・ハワードの短編ホラー小説『鳩は地獄から来る』（原題：Pigeons from Hell）は、1938年5月刊行のホラー雑誌『ウィアード・テールズ』に、ハワードの没後発表された作品です。ヴードゥーの魔術と南部の退廃的な雰囲気を融合させたゴシックホラーの傑作として知られ、特にスティーヴン・キングが「20世紀最高のホラー・ストーリーの一つ」と絶賛するなど、ハワードの怪奇小説の中でも最高峰との評価が確立しています。作者自身が幼少期に黒人のメイドから聞いた話を元にしていると伝えられています。
物語の舞台となるのは、かつて繁栄を誇りながら没落した南部の一族、ブラッセンヴィル家の広大な屋敷です。この一家はかつて黒人奴隷に対して残忍に振る舞っていましたが、南北戦争と奴隷解放宣言によって財産を失い、困窮して死者が相次ぎます。最終的に屋敷には四人の姉妹とわずかな黒人が残るのみとなりました。そこへ西インド諸島からおばのミス・シーリアがメイドのジョーンを連れて移り住んできますが、シーリアはムラート（白人と黒人の混血）であるジョーンを気位が高いとして虐待し、ジョーンは行方をくらまします。
1890年の春、四女のエリザベスが町で、使用人が誰もいなくなったことやシーリアが失踪したことを語りますが、一月後には残った三姉妹も家を出てしまい、一人屋敷に残ったエリザベスが何かに怯えていると伝えられます。ある嵐の夜、半狂乱のエリザベスが町へ逃げ込み、屋敷で隠し部屋と三人の姉の死体を発見したこと、そして自身も何者かに斧で殺されそうになったと訴えます。屋敷が捜索されますが、隠し部屋も死体も見つからず、斧が食い込んだドアに残されたエリザベスの髪の毛だけが証拠として残されました。町の住人はエリザベスが孤独のあまり発狂したと考えますが、屋敷に隠れ潜んだジョーンが復讐したという噂も囁かれます。また、なぜか館で鳩が目撃されるようになり、黒人たちは館に近寄らず「鳩はブラッセンヴィル家の魂であり、地獄から来ている」と恐れるようになりました。
物語本編は、それから40年後の1930年代に始まります。ニューイングランドから来た若者、グリズウェルと彼の友人ジョン・ブラナーが、自動車旅行の途中で荒れ地に建つ廃墟となったブラッセンヴィル館を見つけ、興味本位で一夜を過ごすことにします。彼らが到着した時、不気味なほど多くの鳩が館から飛び立ちます。
夜、グリズウェルは恐ろしい悪夢にうなされます。うなじを断ち割られた女の死体が吊るされ、傍らには何者かがうずくまっている夢です。目を覚ますと、階段に黄色い顔の人物のような影を見ますが、幻覚かと疑います。その直後、奇妙な口笛のような音が響き、グリズウェルは体が麻痺し、友人のブラナーはまるで催眠術にかかったかのようにふらふらと歩き出してしまいます。そして、ブラナーの悲鳴が館に響き渡った後、血まみれの斧を持ったブラナーの死体が、グリズウェルに向かって歩いてくるという想像を絶する光景を目にします。パニックに陥ったグリズウェルは館から逃げ出しますが、車の座席には毒蛇がおり、追跡者から必死に走って逃げるしかありませんでした。
グリズウェルは偶然、地元のバックナー保安官に助けを求め、館で起きた出来事を説明します。この時、彼は館から飛び立った鳩の群れについても話します。二人は館に戻り、斧を握ったブラナーの死体を確認しますが、状況証拠はグリズウェルが友人を殺害したと示しており、バックナーは彼を疑います。しかし、現場から不自然な女の足跡が発見されたことや、それに伴う懐中電灯の異常、そして夜明けには足跡が消えていたことから、バックナーはグリズウェルが犯人ではないと確信し、館に何か危険な超常的な存在が潜んでいることを悟ります。彼は独自に事件を解決することを決意し、グリズウェルに口止めをして当局への通報を避けます。
バックナーからブラッセンヴィル家の忌まわしい過去について聞かされたグリズウェルは、犯人が40年も館に潜伏していたジョーンという人間であるはずがないと断言します。事態が白人の手に負えないと考えたバックナーは、地域のヴードゥー教徒である百歳近い老齢のジェイコブ・ブラント老人に相談します。ジェイコブ老人は、かつてシーリアがおばとして屋敷に来てから、ジョーンをはじめとする黒人たちが彼女を恨んでいたことを語ります。彼はさらに、自身が人間を怪物「ズヴェンビ」に変える秘薬「黒い酒」を調合できることを明かしますが、話しすぎたことに気づいた直後、「蛇神の小さな弟」と呼ばれる毒蛇に襲われて命を落とします。
ジェイコブ老人の証言により、ヴードゥーが事件に関わっていることを確信した二人は再び館へ向かいます。今度はバックナーもあの鳩の群れを目撃し、館の中でエリザベスが過去に記した日記を発見します。日記の記述とジェイコブの話から、バックナーは、ジョーンがシーリアへの復讐を果たすため、ヴードゥーの秘薬を用いてシーリアを怪物「ズヴェンビ」に変貌させ、シーリアが三姉妹を殺害し、エリザベスも襲ったのではないかと推測します。そして、グリズウェルの無実を証明するためには、このズヴェンビを退治するしかないと結論付けます。
二人は館内で寝たふりをして怪物を待ち伏せます。再びあの口笛のような音が聞こえ、グリズウェルは意思に反して操られ、階段を上らされます。そこで彼を待ち受けていたのは、鉤爪を持ち肉切り包丁を構えた女の怪物でした。しかし、バックナーが間一髪で発砲し、グリズウェルは正気に戻ります。怪物は隠し扉の奥へ逃げ込み、二人は追跡します。隠し部屋の中には、天井から吊るされた三人の女の死体と、バックナーによって射殺された女の怪物が横たわっていました。怪物の正体は、ジョーンによって薬でズヴェンビと化させられた、かつて虐待する側だったシーリアだったのです。
この作品は、南部の歴史と社会の暗い側面、過去の因縁、そしてヴードゥーという神秘的で恐ろしい信仰が複雑に絡み合った物語です。人間の悪意と、それが生み出す超常的な恐怖が見事に描かれています。
主要な登場人物として、災難に巻き込まれる主人公グリズウェル、その友人であり犠牲者となるジョン・ブラナー、そしてタフで現実的ながら超常現象に立ち向かうバックナー保安官が物語を牽引します。ブラッセンヴィル家からは、一人生き残ったエリザベス、虐待者であり怪物の正体となったミス・シーリア、そして悲劇の発端となるメイドのジョーンが登場します。ヴードゥーの要素として、ズヴェンビ造り手のジェイコブ老人、そしてヴードゥーによって変貌した怪物ズヴェンビ、秘密を護る蛇神などが物語に影を落とします。
本作は1961年にテレビドラマシリーズ『スリラー』の一編として映像化され、2008年にはコミカライズもされています。日本語版は『暗黒の祭祀』、『黒の碑』、『失われた者たちの谷』といったアンソロジーに収録されています。
物語の舞台となるのは、かつて繁栄を誇りながら没落した南部の一族、ブラッセンヴィル家の広大な屋敷です。この一家はかつて黒人奴隷に対して残忍に振る舞っていましたが、南北戦争と奴隷解放宣言によって財産を失い、困窮して死者が相次ぎます。最終的に屋敷には四人の姉妹とわずかな黒人が残るのみとなりました。そこへ西インド諸島からおばのミス・シーリアがメイドのジョーンを連れて移り住んできますが、シーリアはムラート（白人と黒人の混血）であるジョーンを気位が高いとして虐待し、ジョーンは行方をくらまします。
1890年の春、四女のエリザベスが町で、使用人が誰もいなくなったことやシーリアが失踪したことを語りますが、一月後には残った三姉妹も家を出てしまい、一人屋敷に残ったエリザベスが何かに怯えていると伝えられます。ある嵐の夜、半狂乱のエリザベスが町へ逃げ込み、屋敷で隠し部屋と三人の姉の死体を発見したこと、そして自身も何者かに斧で殺されそうになったと訴えます。屋敷が捜索されますが、隠し部屋も死体も見つからず、斧が食い込んだドアに残されたエリザベスの髪の毛だけが証拠として残されました。町の住人はエリザベスが孤独のあまり発狂したと考えますが、屋敷に隠れ潜んだジョーンが復讐したという噂も囁かれます。また、なぜか館で鳩が目撃されるようになり、黒人たちは館に近寄らず「鳩はブラッセンヴィル家の魂であり、地獄から来ている」と恐れるようになりました。
物語本編は、それから40年後の1930年代に始まります。ニューイングランドから来た若者、グリズウェルと彼の友人ジョン・ブラナーが、自動車旅行の途中で荒れ地に建つ廃墟となったブラッセンヴィル館を見つけ、興味本位で一夜を過ごすことにします。彼らが到着した時、不気味なほど多くの鳩が館から飛び立ちます。
夜、グリズウェルは恐ろしい悪夢にうなされます。うなじを断ち割られた女の死体が吊るされ、傍らには何者かがうずくまっている夢です。目を覚ますと、階段に黄色い顔の人物のような影を見ますが、幻覚かと疑います。その直後、奇妙な口笛のような音が響き、グリズウェルは体が麻痺し、友人のブラナーはまるで催眠術にかかったかのようにふらふらと歩き出してしまいます。そして、ブラナーの悲鳴が館に響き渡った後、血まみれの斧を持ったブラナーの死体が、グリズウェルに向かって歩いてくるという想像を絶する光景を目にします。パニックに陥ったグリズウェルは館から逃げ出しますが、車の座席には毒蛇がおり、追跡者から必死に走って逃げるしかありませんでした。
グリズウェルは偶然、地元のバックナー保安官に助けを求め、館で起きた出来事を説明します。この時、彼は館から飛び立った鳩の群れについても話します。二人は館に戻り、斧を握ったブラナーの死体を確認しますが、状況証拠はグリズウェルが友人を殺害したと示しており、バックナーは彼を疑います。しかし、現場から不自然な女の足跡が発見されたことや、それに伴う懐中電灯の異常、そして夜明けには足跡が消えていたことから、バックナーはグリズウェルが犯人ではないと確信し、館に何か危険な超常的な存在が潜んでいることを悟ります。彼は独自に事件を解決することを決意し、グリズウェルに口止めをして当局への通報を避けます。
バックナーからブラッセンヴィル家の忌まわしい過去について聞かされたグリズウェルは、犯人が40年も館に潜伏していたジョーンという人間であるはずがないと断言します。事態が白人の手に負えないと考えたバックナーは、地域のヴードゥー教徒である百歳近い老齢のジェイコブ・ブラント老人に相談します。ジェイコブ老人は、かつてシーリアがおばとして屋敷に来てから、ジョーンをはじめとする黒人たちが彼女を恨んでいたことを語ります。彼はさらに、自身が人間を怪物「ズヴェンビ」に変える秘薬「黒い酒」を調合できることを明かしますが、話しすぎたことに気づいた直後、「蛇神の小さな弟」と呼ばれる毒蛇に襲われて命を落とします。
ジェイコブ老人の証言により、ヴードゥーが事件に関わっていることを確信した二人は再び館へ向かいます。今度はバックナーもあの鳩の群れを目撃し、館の中でエリザベスが過去に記した日記を発見します。日記の記述とジェイコブの話から、バックナーは、ジョーンがシーリアへの復讐を果たすため、ヴードゥーの秘薬を用いてシーリアを怪物「ズヴェンビ」に変貌させ、シーリアが三姉妹を殺害し、エリザベスも襲ったのではないかと推測します。そして、グリズウェルの無実を証明するためには、このズヴェンビを退治するしかないと結論付けます。
二人は館内で寝たふりをして怪物を待ち伏せます。再びあの口笛のような音が聞こえ、グリズウェルは意思に反して操られ、階段を上らされます。そこで彼を待ち受けていたのは、鉤爪を持ち肉切り包丁を構えた女の怪物でした。しかし、バックナーが間一髪で発砲し、グリズウェルは正気に戻ります。怪物は隠し扉の奥へ逃げ込み、二人は追跡します。隠し部屋の中には、天井から吊るされた三人の女の死体と、バックナーによって射殺された女の怪物が横たわっていました。怪物の正体は、ジョーンによって薬でズヴェンビと化させられた、かつて虐待する側だったシーリアだったのです。
この作品は、南部の歴史と社会の暗い側面、過去の因縁、そしてヴードゥーという神秘的で恐ろしい信仰が複雑に絡み合った物語です。人間の悪意と、それが生み出す超常的な恐怖が見事に描かれています。
主要な登場人物として、災難に巻き込まれる主人公グリズウェル、その友人であり犠牲者となるジョン・ブラナー、そしてタフで現実的ながら超常現象に立ち向かうバックナー保安官が物語を牽引します。ブラッセンヴィル家からは、一人生き残ったエリザベス、虐待者であり怪物の正体となったミス・シーリア、そして悲劇の発端となるメイドのジョーンが登場します。ヴードゥーの要素として、ズヴェンビ造り手のジェイコブ老人、そしてヴードゥーによって変貌した怪物ズヴェンビ、秘密を護る蛇神などが物語に影を落とします。
本作は1961年にテレビドラマシリーズ『スリラー』の一編として映像化され、2008年にはコミカライズもされています。日本語版は『暗黒の祭祀』、『黒の碑』、『失われた者たちの谷』といったアンソロジーに収録されています。
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