麻生慶次郎

麻生 慶次郎（あそう けいじろう）

日本の近代農芸化学、特に土壌肥料学の礎を築いた一人。1875年（明治8年）6月24日に東京府（現在の東京都）で生を受け、1953年（昭和28年）10月28日に生涯を閉じた。

学歴と初期キャリア

尋常中学校を四年で修了した後、1896年（明治29年）に第一高等学校を卒業。同年、東京帝国大学に入学し、植物生理学における化学分野、すなわち農芸化学を専攻した。大学では特に優れた成績を収め、1899年（明治32年）に農科大学農芸化学科を首席で卒業。この栄誉に対し、優等生に贈られる銀時計を下賜された。卒業後も大学に残り、大学院に進学して土壌肥料に関する研究に没頭した。

欧米での研鑽と帰国後の活躍

大学院修了後の1902年（明治35年）、母校である東京帝国大学の助教授に就任。勤務の傍ら、研究のために海外へ渡ることを決意する。一学年下の盟友である鈴木重禮と共に、ドイツ、フランス、イタリアを経てアメリカ合衆国など、欧米各地を巡る長期留学を行った。この海外での見聞は、その後の研究活動に大きな影響を与えた。

帰国後、教授に昇格した麻生は、土壌肥料に関する本格的な研究を展開する。特に、当時お雇い外国人として教鞭を執っていたオスカル・レーヴらと協力し、マンガンをはじめとする微量元素が植物の生育に与える影響について深く探求した。この一連の研究成果は高く評価され、1904年（明治37年）には農学博士の学位を授与された。また、この基礎研究の応用として、マメ科植物の栽培における根粒菌の利用に着目し、実証実験を重ねた結果、農産物の増産に大きく貢献する手法を確立した。

国際舞台での活動と要職

麻生は国際的な活動にも積極的に参加した。留学中の1910年（明治43年）8月には、鈴木重禮と共にストックホルムで開催された第2回万国土壌学会会議に出席。この会議は国際土壌学会の創設が初めて議論された画期的な場であり、彼はその立ち会人の一人となった。スウェーデン国内の氷河堆積土壌など、現地での土壌視察旅行にも加わり、貴重な経験を得た。

学術界での貢献が認められ、1936年（昭和11年）には東京帝国大学の名誉教授の称号を受けた。また、1938年（昭和13年）には日本の学術分野における最高機関である帝国学士院の会員に推挙された。晩年にかけては、日本農学会および日本土壌肥料学会といった国内の主要な学会で会長職を歴任し、日本の農学研究を主導した。さらに、教育行政や技術行政にも関与し、文部省の督学官、特許局（現在の特許庁）の審判官、さらには東京高等農林学校長も務めるなど、多方面でその手腕を発揮した。

鈴木重禮との友情

麻生の人生において、盟友である鈴木重禮の存在は大きかった。共に欧州へ留学し、ミュンヘン大学でラマン教授のもと土壌学を学び、国際会議にも連れ立って参加するなど、寝食を共にする深い交流があった。しかし、帰国後間もない1913年（大正2年）に、鈴木がわずか37歳の若さで病没するという悲劇に見舞われる。親友の早すぎる死を悼んだ麻生は、鈴木の研究論文をまとめた『土壌生成論』の刊行に奔走した。この刊行事業における麻生の尽力については、古在由直と佐藤昌介が追悼の序文の中で特筆している。麻生自身も晩年、授業や回顧録の中で、鈴木博士との出会いや共に過ごした日々、そして有為な土壌学者を失ったことへの深い追悼の念を繰り返し語っている。

主な著作

麻生慶次郎は、自らの研究成果や教育経験を基に、日本の土壌肥料学の普及・発展に寄与する著作を数多く残している。

• - 『土壌学』（村松舜祐共著、大日本図書、1907年）
• - 『土壌と肥料』（日本評論社、1948年）
• - 『植物栄養と肥料』（羽田書店、1948年）

これらの著作は、後進の研究者や実務家にとって重要な文献となった。麻生慶次郎は、研究、教育、行政、そして国際交流と、多岐にわたる活動を通じて、日本の農芸化学、とりわけ土壌肥料学の発展に計り知れない貢献をした人物である。

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