19世紀フランスのフィロキセラ禍

フィロキセラ禍：フランスワイン産業を襲った災厄

本項では、19世紀後半にフランスのワイン産業を壊滅させたフィロキセラ禍について解説します。1850年代後半にアメリカ大陸からブドウ樹に寄生する害虫フィロキセラがフランスに侵入し、ブドウ畑に甚大な被害をもたらしました。この虫害は地場産業であるワイン業界に壊滅的な打撃を与え、フランスだけでなくヨーロッパ諸国にも広範囲に影響を及ぼしました。

発生と原因究明

1863年、フランスで原因不明のブドウ樹大量枯死が発生しました。この現象は瞬く間にフランス全土、そしてヨーロッパへと拡大。フランス政府は事態を重く見て調査委員会を組織し、植物学者のジュール・エミール・プランションとアメリカの昆虫学者チャールズ・バレンタイン・ライリーが、アメリカ由来のアブラムシによる虫害であることを突き止めました。

フィロキセラとは

フィロキセラは、ブドウ樹を好む体長0.5mmほどの昆虫で、葉や根にコブを生成して樹液を吸い、生育を阻害して枯死させる害虫です。原産地はアメリカ大陸で、ヨーロッパブドウ（ヴィニフェラ種）には耐性がありませんでした。フランスで発見された当初は新種と誤認され、「フィロキセラ・ヴァスタリックス」という学名が付けられましたが、後にアメリカの昆虫学者アサ・フィッチが発見した種と同定されました。

フィロキセラは、ブドウの根を腐食させる毒管と樹液を吸い込む吸収管を持っており、被害が発見されにくいという特徴がありました。毒管で根を腐食させて樹液圧が下がると、すぐに別のブドウ樹に移動するため、枯死したブドウ樹を掘り起こしても発見が困難だったのです。

16世紀からの兆候

フィロキセラによる被害が明確に認識されたのは19世紀ですが、ブドウ樹の枯死自体は16世紀から観察されていました。アメリカに入植したフランス人がヨーロッパから持ち込んだヴィニフェラ種のブドウ樹が枯死する現象に直面しましたが、当時は原因が特定できませんでした。今日では、この原因もフィロキセラであったと考えられています。

ヨーロッパへの侵入経路

フィロキセラがヨーロッパに侵入したのは、アメリカから持ち込まれたブドウ樹に付着していたためと考えられています。19世紀になり蒸気船が登場したことで航海時間が短縮され、フィロキセラが生き残ってヨーロッパに到達することが可能になりました。

大規模な虫害とその影響

1863年、フランスのガール県プジョー村で最初の被害が記録されました。その後、被害はフランス全土に拡大し、1850年代後半から1870年代半ばまでの15年間でフランスのブドウ樹とブドウ畑の40%以上が壊滅しました。これによりフランス経済は大きな打撃を受け、多くの事業が廃業、ワイン産業の賃金は半減、アルジェリアやアメリカへの移民が増加しました。

原因の特定

1868年、原因調査が開始され、植物学者のジュール・エミール・プランションらが調査委員会を設立しました。プランションらは、枯れかけたブドウ樹の根に「シラミ」が蔓延していることを発見し、この虫を「フィロキセラ・ヴァスタリックス」と命名しました。その後、アメリカの昆虫学者ライリーがアメリカの「ブドウ樹シラミ」と同種であることを突き止めました。

接ぎ木法という解決策

当初、化学薬剤や殺虫剤が試されましたが効果はなく、アメリカ産のブドウ品種がフィロキセラに耐性を持つことが判明しました。1871年、フランスのワイン生産者レオ・ラリマンとガストン・バジールが、アメリカ原産種のブドウ樹を台木に使い、フランスの伝統種を接ぎ木する方法を確立。この手法は当初ブドウ農家から嫌われましたが、他に有効な代替策がなく、最終的に接ぎ木法が普及し、ブドウ畑は「再構成」されました。

褒賞と叙勲

フランス政府は、治療法を発見した者に褒賞金を出すと発表しましたが、接ぎ木法は病気を治すのではなく発生を防ぐ方法であるとして、ラリマンへの支払いは拒否されました。一方、アメリカ人のライリー、マンソン、イェーガーは、フィロキセラ禍への貢献が認められ、レジオンドヌール勲章を授与されました。

日本の事例

日本においては1885年に初めてフィロキセラが発見され、全国で被害が発生しました。1916年に農商務省が対策に乗り出し、神沢恒夫が優良台木の選定や接ぎ法の改良を行い、1935年に防除研究が完了。日本のフィロキセラ禍は終結しました。

現代への影響

フィロキセラに対する根本的な治療法は現代でも確立されていません。接ぎ木法を用いない自根栽培では、依然として大きな脅威です。オーストラリアのヤン・ヴァレーのように、フィロキセラ禍に見舞われる地域も存在します。ギリシャのサントリーニ島で生育するアシルティコは、フィロキセラに耐性がある唯一のヨーロッパ原産種として知られています。

フィロキセラ禍は、ワインの歴史における重要な転換点であり、その影響は現代にも及んでいます。

もう一度検索