1907年チフリス銀行強盗事件

1907年チフリス銀行強盗事件：レーニン、スターリン、そしてカモ

1907年6月26日、ロシア帝国のカフカス地方チフリス（現在のジョージア、トビリシ）で、歴史に名を刻む大規模な武装強盗事件が発生しました。この事件は、革命運動の資金調達を目的としたボリシェビキによるもので、その大胆不敵な計画と、後のソ連指導者となるレーニンやスターリン、そして伝説的な実行犯カモらが深く関わっていたことで知られています。

事件の背景：革命運動とエクスプロプリアツィヤ

1898年に結成されたロシア社会民主労働党（RSDLP）は、マルクス主義に基づいたプロレタリア革命を目指していました。革命活動の資金源として、RSDLP内の一部勢力は「エクスプロプリアツィヤ（expropriation）」と呼ばれる、政府や民間から資金を強奪する手段を用いることを容認していました。

1903年の党分裂後、ボリシェビキとメンシェビキの二大派閥が形成され、実力行使の是非をめぐる対立が深まりました。1907年5月～6月に開催されたRSDLP第5回党大会では、「エクスプロプリアツィヤ」は「秩序を乱す退廃的な行為」と非難され、実力行使への参加・支援は禁止されました。しかし、レーニン率いるボリシェビキの中核は、この決議に反する行動を計画していました。

計画と実行：ベルリン会議からチフリスへ

第5回党大会開催前、レーニン、スターリン（当時コバを名乗っていた）、クラーシン、ボグダーノフ、リトヴィノフらボリシェビキの主要メンバーはベルリンで会合を開き、チフリスでの大規模強盗計画を立案しました。スターリンと、その非情さで知られたカモ（シモン・テル＝ペトロシアン）が実行の指揮を執ることになりました。

スターリンはチフリスに在住しており、銀行内部の情報提供者を得るなど、綿密な準備を進めました。カモは、その大胆な行動と変装術で知られていました。彼らは、事前に武器や爆弾を入手し、襲撃計画を練り上げました。

強盗の実行：エリヴァン広場での血みどろの攻防

1907年6月26日午前10時30分頃、現金輸送車がエリヴァン広場（現在の自由広場）を通過した際、ボリシェビキは手榴弾と銃撃で襲撃を開始しました。激しい戦闘の中、馬車護衛や通行人ら多数の死傷者が出ました。当局発表では死傷者40名以上、負傷者50名以上とされています。

ボリシェビキは341,000ルーブル（現在の数百万ドル相当）を奪取し、逃走に成功しました。しかし、高額紙幣の通し番号が当局に把握されていたため、この資金を自由に使うことは困難でした。

事件後の展開：逃亡、逮捕、裁判

カモはドイツで逮捕されましたが、3年以上も狂気を装うことで裁判を逃れ、精神病院から脱走しました。しかし、新たな強盗計画中に再逮捕され、死刑判決を受けましたが、後に終身刑に減刑され、1917年の革命で釈放されました。

レーニンは、国外で高額紙幣の換金を試みましたが、大量の逮捕者を出し、ボリシェビキへの批判を招きました。スターリンの事件における役割は、諸説あり、明確には分かっていません。

事件の影響とその後

チフリス銀行強盗事件は世界的な注目を集め、ボリシェビキ内部にも亀裂を生じさせました。レーニンはボグダーノフやクラーシンと袂を分かち、スターリンもカモとの関係を断ちました。

一方、この事件に関与した多くのボリシェビキは、後のソ連において高官に登りつめました。カモは革命後もソ連で働きましたが、1922年に死亡しました。

この事件は、ロシア革命史における重要な一事件であり、レーニン、スターリンといった歴史的指導者たちの若き日の姿、そして革命運動の裏側の一端を垣間見ることができる、極めて興味深いものです。また、暴力革命の資金調達手段としての「エクスプロプリアツィヤ」が、革命運動にどのような影響を与えたのかを考察する上でも重要な事例となっています。

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