1953年のイランのクーデター

1953年イラン・クーデター：アメリカとイギリスが関与した政変

1953年8月、イランで発生した軍事クーデターは、同国の政治史における重要な転換点となりました。このクーデターにより、当時の首相モハンマド・モサッデクは失脚し、親欧米派のファズロラ・ザヘディ将軍が後任の首相に就任しました。この出来事は、イランの政治に大きな影響を与えただけでなく、国際社会におけるアメリカとイギリスの役割について、改めて問い直すきっかけとなりました。

背景：石油利権と国有化

クーデターの背景には、イランの石油産業を巡る対立がありました。モサッデク政権以前、イランの石油産業はイギリス資本のアングロ・イラニアン石油会社が独占していました。しかし、1951年にモサッデクが首相に就任すると、彼は石油会社の国有化を断行しようとしました。この動きは、当時冷戦下にあったアメリカとイギリスにとって、ソ連の影響力を増大させるものと見なされ、強い警戒感を抱かれることになります。しかしながら、実際にはモサッデク政権とソ連の関係は良好ではありませんでした。

クーデターの勃発

1953年8月19日、パフラヴィー2世を支持する勢力による大規模な反政府デモが発生しました。イラン陸軍もパフラヴィー2世を支持し、同日夜にはモサッデク政権の主要人物は拘束されるか、逃亡を余儀なくされました。ソ連の国営メディアである『モスクワ放送』によれば、モサッデク首相の自宅は戦車を含む部隊によって攻撃され、破壊されたと伝えられています。クーデター後、ファズロラ・ザヘディ将軍が首相に就任し、モサッデク元首相は死刑判決を受けましたが、執行されることはなく、自宅軟禁の状態で1967年に亡くなりました。

パフラヴィー2世はその後、イランの実権を握り、西側諸国との友好関係を維持しましたが、1979年のイラン革命によって失脚し、親欧米派による独裁は27年で終焉を迎えることになりました。

イギリスとアメリカの関与

機密文書の公開により、このクーデターにはイギリスとアメリカが深く関与していたことが明らかになっています。イギリスは、石油利権を失うことを恐れ、アメリカ政府にモサッデク首相の失脚計画への支援を要請しました。当初、トルーマン政権はクーデターへの支援に消極的でしたが、イギリスは「イランの共産主義化」を阻止するためだと説得し、最終的にはアメリカもこの計画に関与することになりました。CIAはイギリスの秘密情報機関と協力し、「TPAJAXプロジェクト」という暗号名のもと、クーデターを企てました。CIAは、世論を反モサッデクへと誘導するために、メディアやプロパガンダを利用し、またザヘディ将軍を首相に就任させるために資金援助を行いました。

外交電文の誤読と欺瞞

クーデターに至る過程では、外交電文の誤読と欺瞞も重要な役割を果たしました。パフレヴィー2世が国外脱出を考えていた際、アメリカ大使館から「エリザベス2世がイランに留まるように望んでいる」というメッセージが伝えられました。しかし、実際にはこのメッセージは「エリザベス2世からのメッセージ」ではなく、「クイーン・エリザベス号に乗っているイーデン外相からのメッセージ」という意味でした。この誤解は後に訂正されましたが、パフレヴィー2世は計画がエリザベス2世の支持を得ていると誤認したまま、クーデターは実行されました。

イランにおける評価と影響

イラン国民はこのクーデターを、アメリカの二重基準の象徴と見なしており、アメリカが自国の利益のために他国の民主的な政権を排除することも辞さない国だと考えています。イランの政治家や宗教指導者も、このクーデターを反米感情を高める材料として利用しています。また、イラン議会は、クーデターへの関与を含む過去のアメリカからの損害賠償を求める法案を可決しており、アメリカとの関係は今もなお緊張した状態が続いています。

アメリカにおける評価と影響

アメリカ国内でも、このクーデターに対する評価は分かれています。マデレーン・オルブライト国務長官は、モサッデク政権の失脚にアメリカが重要な役割を担ったことを認め、これによりイランの政治的発展を妨害したと述べています。また、バラク・オバマ大統領は、在任中にこのクーデターへのアメリカ政府の関与を公式に認めました。2013年には、クーデターをCIAが主導していたことを示す公文書が公開され、改めてその歴史的な事実が裏付けられました。

1953年のイラン・クーデターは、その後のイランとアメリカの関係に大きな影響を与え、現代においてもその影響は続いています。この事件は、歴史における秘密工作の危険性を示すとともに、民主主義と国家利益の衝突という複雑な問題について深く考えさせられる出来事です。

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