1973PM9:00→1974AM3:00

1974年6月1日、日本の音楽シーンにまた一つ歴史的な作品が加わりました。フォークの神様と称される岡林信康がCBS・ソニーからリリースしたライブアルバム、『1973PM9:00→1974AM3:00』です。この2枚組LPは、単なるコンサートの記録に留まらず、激動の時代を迎える日本の空気、そしてアーティスト自身の内面的な変遷を映し出した貴重なドキュメントと言えます。

本作に収録されているのは、1973年の大晦日から翌1974年の元旦にかけて、東京・晴海国際貿易センター新館で開催された「大晦日コンサート」でのパフォーマンスです。このイベントは、岡林信康を中心に、当時の日本のフォーク・ロックシーンを牽引していた錚々たるアーティストたちが集結したオムニバス形式で行われました。具体的には、加川良、泉谷しげる、佐渡山豊、三上寛、遠藤賢司、海援隊などが参加し、それぞれの個性が光るステージを繰り広げました。なお、この記念すべきコンサートの模様を捉えた公式音源として、現在に至るまで発売されているのは、この岡林信康のアルバムのみとなっています。

アルバムは、岡林信康が過去に所属していたURCレコード時代の楽曲と、同年リリースされたスタジオアルバム『金色のライオン』からの新曲を中心に構成されています。演奏は全体的に落ち着いたトーンで進行しますが、これは当時の社会情勢や、岡林自身が内面に抱えていた様々な感情が、静かに積み重なっていく様子を表しているかのようです。そして、コンサートのクライマックス、アンコールの最後に歌われたボブ・ディランの楽曲「I SHALL BE RELEASED」で、それまで抑えられていた全ての感情が、文字通り爆発します。この劇的な盛り上がりは、変わりゆく時代の中で自己の解放を希求するアーティストの魂の叫びであり、聴く者に強烈な印象を与えます。

この演奏を支えたバックミュージシャンもまた、日本の音楽史に名を連ねる一流どころが集まっています。ドラムには松本隆、ベースには細野晴臣、キーボードには矢野誠と鈴木慶一、そしてギターには伊藤銀次という布陣です。彼らの高度な演奏技術と表現力が、岡林信康のメッセージ性あふれる歌に深みと奥行きを与えています。レコーディングエンジニアは名匠・吉野金次が務め、その音質面でも高い評価を得ています。

発表から長い歳月を経た後、2006年4月5日に本作は初めてデジタルリマスター音源としてCD化されました。これにより、長らくアナログレコードでしか聴けなかったこの歴史的なライブが、現代のリスナーにも高音質で届けられることとなりました。

この大晦日コンサートには、興味深いエピソードも残されています。出演予定だったなぎら健壱は、友人と深酒した結果、自身の出番の時間を大幅に寝過ごしてしまいます。慌てて会場に駆けつけたものの、ステージは既に終わっており、しばらく呆然としていたそうです。しかし、その後泉谷しげるに呼ばれてステージに上がると、酔いも手伝ってか、後の語り草となるような型破りなパフォーマンスを披露したと言われています。

『1973PM9:00→1974AM3:00』は、単に一人のアーティストのライブパフォーマンスを記録した作品ではありません。それは、激動の1970年代初頭における日本の音楽シーンの熱気、社会の空気、そして何よりもアーティスト自身の内面的な葛藤と解放の軌跡を鮮やかに描き出した、まごうことなき歴史的遺産です。参加ミュージシャンの豪華さ、演奏のクオリティ、そして感動的なクライマックスを持つこのアルバムは、日本のフォーク・ロック史において非常に重要な位置を占めており、今なお多くの音楽ファンに聴き継がれています。

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