5つの前奏曲 (ショスタコーヴィチ)

5つの前奏曲

「5つの前奏曲」（ロシア語: Пять прелюдий для фортепиано）は、20世紀を代表するロシアの作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチによって書かれた、作品番号を持たない初期のピアノ独奏曲集です。

作品の背景と作曲時期

本作品が作曲されたのは、ショスタコーヴィチがまだレニングラード音楽院に籍を置いていた学生時代のことで、具体的には1919年の秋から翌1920年の初夏にかけての期間とされています。

この時期、若きショスタコーヴィチは学友であったパーヴェル・フェルト、そしてゲオルギー・クレメンツという2人の友人と共に、ある興味深い音楽的な試みを行っていました。それは、3人で分担して作曲することで、フレデリック・ショパンの作品に倣ったようなピアノのための「24の前奏曲集」を完成させようという共同計画でした。

ショスタコーヴィチ自身は、この野心的な共同プロジェクトにおいて、全体の24曲のうち8曲の前奏曲を作曲する役割を担うことになりました。

しかしながら、この3人の若き才能によって生み出されるはずだった「24の前奏曲集」全体は、その完成後に残念ながら紛失してしまい、現在ではその楽譜や全貌を確認することはできなくなっています。

一方、現在ショスタコーヴィチの初期作品として知られている本作品「5つの前奏曲」は、この共同制作においてショスタコーヴィチが手掛けた8曲のうちの5曲が、失われた前奏曲集の中から独立した形で保存され、後の時代に伝えられたものであると見なされています。

つまり、これらの5曲は、失われた共同制作の痕跡であり、若きショスタコーヴィチが友人たちと音楽の創造を分かち合った青春時代の貴重な証言であると言えるでしょう。

作品の性質と演奏・録音の現状

本作品は、作曲家が音楽院に在籍していた、文字通りキャリアの出発点とも言える極めて初期の作品群に属します。

そのため、ショスタコーヴィチの数多い作品の中でも、特に交響曲や弦楽四重奏曲、あるいは成熟期に書かれたピアノ作品といった彼の代表的な作品群と比較すると、一般のコンサートやリサイタルで取り上げられる機会は非常に限られています。

演奏機会の少なさに伴い、商業的な録音も驚くほど少ないのが現状です。これは、学生時代の習作的な性格を持つ作品や、特定の目的のために書かれた小品がたどることの多い共通の運命とも言えるかもしれません。

楽曲構成

「5つの前奏曲」は、そのタイトルが示す通り、5つの短い独立した楽曲（前奏曲）から構成されています。

全5曲を通しての演奏時間は約6分とされており、これは前奏曲というジャンルにふさわしい、簡潔でまとまった長さと言えます。

各曲には、以下のようなテンポに関するイタリア語の指示が付けられています。

第1曲： アレグロ・モデラート・エ・スケルツァンド (Allegro moderato e scherzando)
第2曲： アンダンテ (Andante)
第3曲： アレグロ・モデラート (Allegro moderato)
第4曲： モデラート (Moderato)
* 第5曲： アンダンティーノ (Andantino)

これらのテンポ指示からもわかるように、各曲はそれぞれ異なる性格を持ちながらも、全体として若々しく探求的な音楽語法を反映していると推測されます。短いながらも、後のショスタコーヴィチ作品の特徴的な片鱗や、彼独自の和声感覚の萌芽を見出す研究者もいるかもしれません。

主な録音について

既に述べたように、本作品の録音は非常に少ない状況です。しかし、近年になって著名なピアニストによってこの作品が録音される例もいくつか見られるようになりました。

その中でも特筆すべきは、世界的に広く知られるピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージによる録音です。アシュケナージは、自身の録音活動の中でショスタコーヴィチのピアノ作品全集に取り組んでおり、その一部としてこの「5つの前奏曲」も録音しています。

この録音は、主にデッカ・レーベルからリリースされており、比較的入手しやすい録音の一つとなっています。

このような著名な演奏家による録音は、これまで演奏機会や録音の少なさから、あまり一般に知られることのなかった初期作品に光を当て、より多くの音楽愛好家が触れる機会を提供するという意味で、非常に貴重な貢献と言えます。

まとめ

「5つの前奏曲」は、偉大な作曲家ドミートリイ・ショスタコーヴィチの音楽的キャリアの出発点の一つを示す作品であり、学生時代の共同制作という興味深い背景を持つ希少な楽譜です。失われた「24の前奏曲集」の一部でありながらも、幸運にも現代に伝えられたこれらの小品は、若き天才が何を考え、どのような音楽を探求していたのかを垣間見せてくれます。演奏や録音の機会は限られていますが、その存在自体が、ショスタコーヴィチの初期作品研究や、彼の創作の軌跡に関心を持つ人々にとって、計り知れない価値を持っています。

もう一度検索