50時間マラソンジョッキー

1971年 1月、ニッポン放送で企画・放送された「50時間マラソンジョッキー」は、当時同局のアナウンサーであった糸居五郎が、自身の50歳の誕生日を記念して挑戦した前代未聞のラジオ特別番組です。その名の通り、放送時間50時間にわたり、糸居アナウンサーがただ一人、スタジオから生放送を続けるという前例のない企画でした。これは単なる長時間放送ではなく、「人間の能力と体力と孤独の限界を極め、人間性回復」を目指す挑戦として位置づけられていました。

企画内容とその過酷さ

番組はニッポン放送本社の第4スタジオから放送され、糸居アナは文字通りスタジオに籠もりきりとなりました。50時間でかけたレコードは実に809曲にも及びます。企画の最も過酷な点は、曲やCMが流れるわずかな時間を除き、糸居アナが一人で喋り続けなければならなかったことです。食事やトイレなどの生理現象も、原則として曲がかかっている間に済ませる必要がありました。間に合わない場合は、トイレの中にまでマイクを持ち込んで放送を続けるという、まさに限界への挑戦でした。50時間を通じた推定喫煙本数は180本にも達したとされています。

番組にはリスナーから膨大な数のメッセージが寄せられ、はがきは6,321通、電話は6,743本に達しました。また、50時間で何曲かかるかを予想する「マラソンジョッキー・クイズ」には13,604件もの応募があり、その中で正解者はわずか1名だったというエピソードも、企画への注目の高さを物語っています。

長時間チャレンジ憲法

このような過酷な試みを行うにあたり、関係者によって「長時間チャレンジ憲法」という名の規則が定められました。これは、挑戦の安全性と公正性を確保するためのものでした。主な規則としては、

チャレンジ開始と終了時に医師による身体検査を行うこと
体調不良でドクターストップがかかった場合は即座に中止すること
かける曲は原則3分程度、長くても5分以内であること
同じ曲を繰り返さないこと
フリートークで同じ話題を繰り返さないこと
食事やトイレは曲中に済ませ、どうしても我慢できない場合はマイクを携帯して放送を続けること
ビタミン剤や嗜好品は許可されるが興奮剤は禁止すること
必ず第三者が立ち会って挑戦の完遂を確認すること

などが盛り込まれていました。

準備とスタッフ

本番に先立ち、1970年 12月30日には、同じ50時間の不眠不休リハーサルが行われました。これは番組の流れを確認するとともに、糸居アナの体が50時間耐えられるか、体調に異常がないかなどを確認するための重要な準備でした。この企画は、当時の制作部長である田中秀男が総プロデューサーを務め、ドン上野が演出、ディレクター、レポーターを担当する体制で実行されました。

放送中の経過

番組は1971年 1月17日13時30分に開始されました。スタジオには簡易ベッドや使い慣れた私物などが持ち込まれ、万全とは言えないまでも可能な限りの環境が整えられていました。放送開始当初は血圧や脈拍も安定し、ジュースや食事を摂りながら順調に進んでいるように見えましたが、時間の経過とともに疲労の色は濃くなり、顔色が悪化します。18日未明には疲労困憊の様子が見られ始め、午前中にはビタミン剤の注射を打つ事態となりました。25時間経過時点では424曲をかけ終えていましたが、体力的な限界が近づき、居眠りが見られたり、スタッフから続行困難ではないかという声が上がるほどになりました。声がかすれ、さらに体調は悪化します。18日夜には一時的に元気を取り戻したかのように見えたものの、19日未明には幻覚症状が現れ、呂律が回らない時間帯も頻繁に見られるようになりました。医師の診断を拒否したり、錯乱したような言動が見られるなど、精神的にも極限状態に達していたことがうかがえます。しかし、その中でもラジオのプロとして放送を続けようとする強い意志を見せ、ブドウ糖の注射や仮眠などでなんとか持ちこたえ、曲の終わりまでにトイレを済ませられずマイクを持って用を足しながら放送したという逸話も生まれました。終盤には、スタジオに姿を見せた妻を帰そうとするなど、極度の緊張と疲労による混乱が見られたものの、気力を振り絞って放送を続けました。

ゲスト

番組には多くの著名人がゲストや立会人として駆けつけました。医師の杉靖三郎や多田鉄之助、俳優の森繁久彌、野球選手の長嶋茂雄などが電話出演で糸居アナを激励。スタジオには吉永小百合や坂本九、シリア・ポール、浪越徳治郎、黒沢久雄、アイ・ジョージ、三国一朗といった面々が登場し、糸居アナをサポートしました。また、コロムビア・トップ・ライト、今仁哲夫、斉藤安弘といったニッポン放送のパーソナリティたちも立会人として、その偉業を見届けました。

完遂

50時間の挑戦は、1971年 1月19日15時30分、見事完遂されました。スタジオには安堵と達成感に包まれ、糸居アナは妻とともにスタジオに置かれただるまに目を入れたと伝えられています。

この「50時間マラソンジョッキー」は、単なる長時間放送というだけでなく、一人の人間が体力、精神力、孤独といった限界に挑み、それを乗り越えた壮絶なドキュメンタリーとして、日本のラジオ史にその名を刻む伝説的な番組となりました。糸居五郎という一人のアナウンサーのプロフェッショナリズムと強靭な精神力が生んだこの偉業は、今なお多くの人々に語り継がれています。

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