A549細胞

A549細胞とは

A549細胞（A549さいぼう）は、ヒトの肺胞基底上皮腺癌から樹立された、広く用いられている細胞株です。これは、ヒトの肺の最も奥にある肺胞の基底上皮細胞が癌化した組織を起源としています。この細胞株は、呼吸器系の疾患研究や薬物の評価、細胞生物学の基礎研究など、多岐にわたる分野で実験モデルとして利用されています。

細胞株の成り立ち

A549細胞株は、1972年にD. J. Giard氏とその共同研究者らによって樹立されました。細胞の元となったのは、58歳の白人男性の肺から採取された肺がん組織です。特定のがん細胞を選び出し、研究室で安定的に増殖させることが可能な細胞集団として確立されたものが、A549細胞株として今日利用されています。これにより、ヒトの肺由来の細胞を継続的に培養し、様々な実験を行うことが可能になりました。

元来の機能と培養環境での振る舞い

A549細胞が由来する肺胞上皮細胞は、肺胞の壁を構成する主要な細胞の一つであり、特にガス交換や肺胞内の環境維持に重要な役割を担っています。これらの細胞は、水や電解質などの物質が肺胞の膜を通過する際の輸送プロセスに関与しています。A549細胞も、元々の細胞の特性の一部、例えば扁平上皮細胞としての特徴を受け継いでいます。

試験管内（in vitro）での培養において、A549細胞は特定の増殖様式を示します。培養容器の表面に付着して広がり、細胞が互いに密着しながら単層（一層のシート状）を形成して増殖していきます。この安定した培養特性は、細胞数を一定に保ちながら繰り返し実験を行う上で非常に有利です。

特徴的な生化学的性質

A549細胞は、いくつかの生化学的な特徴を持つことで知られています。注目すべき点として、細胞膜の主要な構成成分であるリン脂質の一種、レシチンを合成する能力があることが挙げられます。また、細胞のリン脂質膜の構造と機能を維持するために重要な、高レベルの不飽和脂肪酸を含有しています。これらの性質は、細胞の膜機能や脂質代謝に関する研究において興味深い対象となります。

研究分野での利用

A549細胞株は、その特性を活かして様々な研究に応用されています。主な利用法の一つは、薬物の代謝メカニズムを解明するためのモデルとしての使用です。特に、肺における薬物の取り込みや分解といったプロセスを研究する際に、II型肺胞上皮細胞の代替としてin vitroモデルとして広く利用されています。

また、A549細胞は遺伝子導入（トランスフェクション）のホスト細胞としても頻繁に用いられます。特定の遺伝子を細胞内に導入し、その遺伝子が細胞の機能や振る舞いにどのような影響を与えるかを調べる実験に適しています。ウイルスの感染機構の研究や、特定の分子の細胞内での働きを解析する研究などでも重要な役割を果たしています。

結論

A549細胞は、ヒト肺胞基底上皮腺癌に由来する樹立細胞株であり、その起源、安定した培養特性、そしてレシチン合成能力などの生化学的特徴から、生命科学研究における不可欠なツールとなっています。薬物代謝研究や遺伝子導入実験のモデルとして、ヒトの肺の生理機能や疾患メカニズムの理解、さらには新しい治療法や薬剤の開発に貢献し続けています。

もう一度検索