ATS・D7

ATS・D7：BMWパワーと信頼性のジレンマ

1984年、ATSチームはグスタフ・ブルナーが設計した最後のF1マシン、ATS・D7でF1世界選手権に挑みました。前年モデルのATS・D6を改良したD7は、カーボンファイバーモノコックを採用し、強力なBMW M12/13ターボエンジンを搭載。ピレリタイヤを装着し、マンフレッド・ヴィンケルホックと、オーストリアグランプリから参戦した若手ドライバー、ゲルハルト・ベルガーがステアリングを握りました。

D7は、BMWターボエンジンの圧倒的なパワーにより予選では中位グリッドを確保する速さを見せつけました。しかし、その潜在能力とは裏腹に、マシンの信頼性の低さが大きな問題となりました。シーズンを通して度重なるリタイアを繰り返し、完走は稀有な出来事でした。

ベルギーグランプリでは、ヴィンケルホックが予選6位を獲得。決勝レースでも序盤は好調で、フェラーリ勢やルノーに次ぐ4位を走行する場面もありました。しかしながら、39周目に排気系のトラブルが発生し、惜しくもリタイア。続くサンマリノグランプリでも予選7位から6位を走行するも、今度はターボトラブルに見舞われ、ポイント獲得を逃しました。

ヴィンケルホックはD7の速さを活かし切れず、シーズンを通して完走できたのはカナダとダラスでの8位のみ。一方、ベルガーはヴィンケルホックに比べマシンの信頼性向上に貢献し、オーストリアグランプリでは12位で完走を果たしました。イタリアグランプリでは6位入賞を果たしましたが、ATSは開幕時に1台エントリーだったため、2台目のマシンで走ったベルガーには選手権ポイントは加算されませんでした。この規定は、同じ状況にあった他のチームにも適用されていました。

結局、ATS・D7は1984年シーズンを通してポイントを獲得することはできませんでした。この結果と、翌シーズンからのBMWによるF1エンジン供給の打ち切りを受け、チームオーナーのギュンター・シュミットはシーズン終了後のF1からの撤退を決断しました。ATS・D7は、潜在能力の高さと、克服できなかった信頼性の問題という、F1における悲喜こもごもを象徴するマシンとして記憶されています。その速さと、惜しまれつつ幕を閉じたチームの歴史は、F1ファンの記憶に深く刻まれています。BMWターボエンジンの咆哮と、幾多のリタイア劇、そして若きベルガーの才能の一端を垣間見たシーズン、ATSとD7はF1の歴史に、独自の足跡を残しました。

D7は、優れた技術と、それを支える体制の不足がもたらした、成功と失敗の両面を鮮やかに示す、重要な一例と言えるでしょう。このマシンの物語は、F1における技術開発の激しさだけでなく、チーム運営の重要性をも改めて浮き彫りにしています。

もう一度検索