Aftersun/アフターサン

アフターサン：記憶と喪失のあいだで揺れる父と娘の物語

2022年公開のイギリス映画『アフターサン』（Aftersun）は、1990年代後半のトルコを舞台に、11歳の少女ソフィと若い父親カラムの夏の休暇を描いた感動作です。監督はシャーロット・ウェルズ。本作は、彼女の半自伝的要素を含む長編デビュー作であり、カンヌ国際映画祭や英国アカデミー賞など、数々の映画賞で高く評価されています。

物語：消えゆく夏の光と父の姿

離婚後、ロンドンに住むソフィは、夏の休暇をトルコのリゾート地オルデニズで父親カラムと過ごします。MiniDVカメラで撮影された休暇中の映像が、映画全体に散りばめられ、過去と現在が交錯する構成となっています。

リゾート地での日々は、一見穏やかで幸せな時間のように見えます。ソフィは現地で出会った子どもたちと遊び、カラムは娘に愛情を示しながらも、時折、鬱や不安の兆候を見せます。太極拳や自己啓発本、そしてこっそりと吸うタバコ――それらは、カラムの内面にある葛藤を暗示しています。

スキューバダイビング中、ソフィは高価なマスクを無くしてしまいます。カラムは動揺を隠そうとしますが、ソフィは父親の気持ちを察し、謝罪します。この場面は、言葉にできない父娘の深い繋がりを象徴しています。

その後も、敷物の購入を巡る出来事や、カラオケナイトでの出来事を通して、父娘間の微妙なすれ違いや葛藤が描かれます。カラムはソフィの誘いをそっけなく断り、ソフィは一人寂しく歌を歌います。この出来事は、ソフィの心に深い傷跡を残します。

休暇の終盤、泥風呂での和解、そして最後の夜に共に踊るシーンは、父と娘の愛と、消えゆく夏の時間、そして父自身の影を映し出しています。

20年後の真実：記憶の断片と現実の狭間

31歳の誕生日を迎えたソフィは、トルコでの休暇の映像を振り返りながら、父の記憶を辿ります。映画の終盤には、抽象的な夢のようなシーンが挿入されます。それは、ソフィが混雑したレイヴの中で、狂ったように踊るカラムの姿を見ている場面です。

これらのシーンは、ソフィが失われた父との記憶を必死に追いかけるさま、そして、父親の抱えていた心の闇を暗示的に表現しています。

最終的に、ソフィはカラムに近づこうとしますが、彼はすぐに消え去ってしまいます。これは、ソフィが父親の本当の気持ちを理解し、同時に受け入れざるを得ない瞬間を描写しています。

監督の視点：自伝的要素と普遍性

監督のシャーロット・ウェルズは、本作に自身の経験を投影しています。彼女は、よく兄妹に間違われたという彼女と父がトルコで過ごした夏の思い出を元に、この物語を創作しました。16歳で父を亡くしたという個人的な経験は、映画全体に深く刻まれています。

しかし、ウェルズ監督は本作を「感情的に自伝的」と表現しながらも、完全に自伝的な作品ではないと強調しています。父娘の葛藤や、喪失の痛みは、普遍的なテーマとして、観客の共感を呼び起こします。

キャストと評価

カラム役にはポール・メスカル、ソフィ役には演技経験のないフランキー・コリオが起用され、自然で繊細な演技が評価されています。Rotten Tomatoesでは96%の高評価を獲得し、Metacriticでも高得点を得るなど、批評家からも高い評価を受けています。

まとめ：忘れられない夏の記憶

『アフターサン』は、美しい映像と繊細な演出、そして胸を打つ演技によって、父と娘の複雑な関係、そして記憶と喪失のテーマを深く掘り下げています。忘れかけていた夏の記憶、そして大切な人を失った悲しみを改めて思い出させてくれる、そんな作品です。この映画は、単なる父娘の物語を超え、私たち自身の記憶や、大切な人との関係性について深く考えさせてくれるでしょう。

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