Altair 8800

Altair 8800

Altair 8800は、1974年12月にアメリカのMITS（Micro Instrumentation and Telemetry Systems）社によって開発・販売された、最初期の個人向けコンピュータです。一般消費者向けに入手可能になった先駆けとして、「世界初のパーソナルコンピュータ」と呼ばれることもあります。

開発の背景

Altair 8800が登場する以前の1970年代、コンピュータといえば、主に大型のメインフレームや比較的小型のミニコンピュータが主流でした。これらは研究所や大企業などで部屋全体を占有するほど巨大で非常に高価だったため、個人が手軽に利用したり所有したりすることは経済的に困難でした。コンピュータは貴重な計算資源として扱われ、限られた専門家のものでした。

しかし、1970年代初頭に登場したマイクロプロセッサは、性能は控えめながらコンピュータの機能を単一のチップ上に集約していました。同時期に進歩していたLSI（大規模集積回路）技術と組み合わせることで、周辺回路や入出力装置を準備すれば、個人でも所有できる価格とサイズのコンピュータが実現できる可能性が見えてきました。既にAltair 8800より前に、Intel 8008を使用したいくつかのコンピュータキット（Scelbi-8HやMark 8など）が販売されていました。

発売とその反響

このような状況の中、MITS社が個人向けコンピュータキットとして発売したのがAltair 8800です。MITSのエド・ロバーツはこれを「商業モデルに匹敵しうる世界初のミニコンピュータキット」と紹介しました。価格は組み立てキットが397ドル、組み立て済みが498ドルと、当時単体で350ドル程度だったIntel 8080マイクロプロセッサを搭載していることを考えると画期的な安さでした。発売直後には値上げされましたが、その価格と拡張性の高さから、特に愛好家の間で大きな注目を集めます。

コンピュータ専門誌『Popular Electronics』（日本では『ポピュラーエレクトロニクス』誌として紹介）の表紙を飾り、後に『BIT』誌で「personal computer」と絶賛されました。その人気は爆発的で、発売後わずか数週間で4,000台を超える注文が殺到しました。しかし、MITSの生産体制はこれに対応できるほど整っておらず、実際に1975年中に販売できたのは約2,000台程度だったと言われています。

機能とアーキテクチャ

Altair 8800はミニコンピュータと自称しましたが、CPUに当時の最先端マイクロプロセッサであるIntel 8080を使用している点が、一般的なミニコンピュータとは異なりました。本体前面には、アドレスやデータを設定するためのトグルスイッチと、内部状態を示すためのLEDランプが並んでいました。これは当時のミニコンピュータの操作パネルを彷彿とさせるスタイルでした。

最小構成ではメモリはわずか256バイトしか搭載されていませんでしたが、拡張ボードをスロットに増設することで機能を拡張することが前提となっていました。メモリボードなどを追加することで、マイクロソフトのビル・ゲイツとポール・アレンが移植した「Altair BASIC」を実行できるようになり、BASIC言語によるプログラミングが可能になりました。

最小構成でのプログラム入力は独特の作業を伴いました。まず本体を停止させ、フロントパネルのスイッチを使ってプログラムの二進数コードをアドレスとデータとして手作業で一バイトずつ入力し、書き込みスイッチでメモリに書き込むという手順を繰り返す必要がありました。起動時やリセット時には、最小限のブートプログラムを手動で入力する「儀式」が必要でした。これは現在のコンピュータのように、ROMに記録されたBIOSやIPL（初期プログラムローダ）によって自動的にOSが起動する仕組みがなかったためです。

S-100バスと互換機市場の形成

Altair 8800の最も重要な特徴の一つが、拡張バス「Altair bus」（後に「S-100バス」と呼ばれる）の存在でした。これは100本のピンを持つバスで、当初は機能を複数の基板に分けて開発するために規定されましたが、後にサードパーティーによる拡張ボードや互換機開発の基盤となりました。

MITSは殺到する注文に対し、生産能力の不足、完成品の品質問題、納期遅延、そして増大するクレームへの対応に苦慮しました。また、組み立てキットの購入者の中に電子工作の経験がないユーザーが多かったことも、サポートの負担を増やしました。これらの問題により、MITSはユーザーの多様なニーズに十分に応えることができませんでした。

このMITSの隙を突く形で、Altair 8800の拡張ボードや互換機（クローン）を開発・販売するサードパーティー企業が次々と現れます。彼らはAltairの弱点であった生産品質や拡張性を補う製品を提供し、急速に「S-100バス互換機市場」を形成していきました。IMSAI 8080やCromemco Systemシリーズ、North Star Horizon、キーボード一体型のSol-20などが代表的な互換機です。これらの製品は、オリジナルのAltairよりも洗練されたデザインや高い品質、豊富な機能を持ち、市場で支持を得ました。

MITSは互換機メーカーを「コバンザメ商法」と非難し、自身の拡張バス規格であるAltair BUSとS-100バスは別物だと主張して販売店に他社製品の排除を求めましたが、高品質な互換製品を求めるユーザーや販売店の反発を招きました。結果的にMITS自身がこの市場から撤退することになります。

皮肉にも、MITSが開発した拡張バス（Altair bus）は、サードパーティーによって「S-100バス」として事実上の業界標準（デファクトスタンダード）となり、最終的にはIEEE 696として正式に標準化されました。これにより、MITSやAltairが市場から姿を消した後も、S-100バスを基盤とする互換機や周辺機器の市場は長く存続しました。この構図は、後のIBM PC/ATとその互換機市場におけるISAバスの標準化と類似しています。

歴史的意義と影響

Altair 8800は、当時の大型・高価なコンピュータとは一線を画し、個人でも所有・利用できるコンピュータの可能性を提示しました。その拡張バスであるS-100バスは、様々なメーカーがハードウェアを開発・供給するオープンなプラットフォームとなり、今日のパソコン市場の源流の一つを形成しました。また、マイクロソフトが創業初期にAltair BASICを開発・供給したことは、その後の同社の成功に繋がる重要な一歩でした。ハリウッド映画『ウォー・ゲーム』に互換機のIMSAI 8080が登場するなど、文化的にも影響を与えています。

Altair 8800は単なる製品に留まらず、多くの愛好家や企業を巻き込み、パーソナルコンピュータという新たな産業と文化の礎を築いた、コンピュータ史における非常に重要なマイルストーンと言えます。

もう一度検索