C・ムーン

ポール・マッカートニー＆ウイングス「C・ムーン」



「C・ムーン」（C Moon）は、元ビートルズのポール・マッカートニーが率いるバンド、ポール・マッカートニー＆ウイングスによって発表された楽曲です。1972年12月、彼らのシングルとして世に送り出されました。このシングルは、当時一般的だった片面のみをプロモーションする形態とは異なり、「ハイ・ハイ・ハイ」という別の楽曲と共に両A面シングルとして発売された点が特徴です。陽気なリズムと、後に詳しく述べるユニークな歌詞を持つこの楽曲は、バンドの多面性を示す一例となりました。

イギリスでの成功とアメリカでの不振



この楽曲は、発表後の反響が地域によって大きく異なる結果となりました。本国イギリスでは、多くのラジオ局やメディアで積極的に取り上げられ、リスナーの間で広く認知されました。その結果、主要な音楽チャートである全英シングルチャートでは最高位5位を記録するなど、商業的にも成功を収めました。これは、バンドの母国における人気と影響力を示すものでした。しかし、大西洋を挟んだアメリカ合衆国では事情が異なりました。「C・ムーン」は、当時の主要なレコードチャートにおいて、目立った順位に浮上することはありませんでした。同じ両A面シングルの片割れである「ハイ・ハイ・ハイ」がアメリカでヒットを記録したのとは対照的な結果となり、その原因については、楽曲の持つ独特な雰囲気や歌詞の性質がアメリカのリスナーにはあまり馴染まなかったのではないか、といった推測がなされることがあります。

歌詞に秘められたユニークな造語



「C・ムーン」の歌詞は、この楽曲最大の特色の一つであり、そのタイトル自体がポール・マッカートニーによって意図的に生み出された造語である点にユニークさがあります。この言葉の発想源となったのは、1965年にサム・ザ・シャム＆ザ・ファラオズが発表しヒットさせた楽曲「Wooly Bully」の歌詞に含まれる印象的な一節、「Let's not be L seven（L7にならないでおこう）」でした。この「L7」という表現は、当時のアメリカで使われていたスラング、すなわち俗語であり、アルファベットの「L」と数字の「7」を並べるとちょうど四角形のように見えることから転じて、「頭が固い人」や「退屈な人」「楽しめない人」といったネガティブな意味合いで用いられていました。

マッカートニーは、この既存の俗語である「L7」に対抗し、全く新しい、そしてポジティブな意味合いを持つ言葉を創造しようと考えました。そこで彼が思いついたのが「C・ムーン」です。彼は、アルファベットの「C」と空に浮かぶ三日月（moon）の形が、どちらも円形の一部、あるいは全体的な丸みを帯びた形を連想させることに着目し、「性格が穏やかで円満な人」や「楽しさを理解し、受け入れることができる人」といった、文字通り「丸い」性格を指す言葉として「C・ムーン」を作り上げました。さらに興味深いことに、この楽曲の歌詞中には、インスピレーションの元となった「L7」という言葉も実際に登場します。これは、「C・ムーン」という新しい言葉の持つポジティブな意味を、対比させることでより明確にリスナーに伝えるための効果的な手法であると考えられます。このように、「L7」と「C・ムーン」という二つの言葉の対比が、楽曲のメッセージの核を形成しています。

異例の楽器編成によるレコーディング



この楽曲のレコーディングは、使用された楽器とその担当者という点でも非常にユニークな側面を持っています。「ハイ・ハイ・ハイ」のレコーディングセッションと同時期、具体的には1972年11月に実施されましたが、この時のバンドメンバーの楽器パートが、彼らが普段演奏する役割とは大きく異なっていたのです。ウイングス結成以来ポールを支えるデニー・レインは、通常ギタリストとして知られていますが、この「C・ムーン」ではエレクトリックベースを担当しました。同じくギタリストであるヘンリー・マカロックは、普段とは異なりドラムセットの前に座りました。そして、普段バンドのドラマーとしてリズムを支えているデニー・シーウェルは、打楽器であるコルネットを演奏しています。このように、それぞれのメンバーが普段の担当楽器ではないパートを受け持つという、実験的な形式で行われたレコーディングは、楽曲に独特のサウンドと予想外の雰囲気を加える一因となったと考えられます。

クレジットされたメンバー



「C・ムーン」の公式クレジットに記載されているレコーディング参加メンバーとその担当楽器は以下の通りです。


これらの要素、すなわち遊び心に溢れた歌詞のコンセプト、そしてメンバー間の役割を意図的に入れ替えたレコーディング方法から、「C・ムーン」がポール・マッカートニー＆ウイングスというバンドが、既成概念にとらわれず、常に新しい表現や実験を追求していた時期の楽曲であったことが明確に見て取れます。楽曲自体が持つ陽気なメロディと相まって、その背景にあるストーリーは、聴く者にとっても興味深いものとなっています。

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