DCアークジェット

概要と原理

DCアークジェットは、電気推進システムの一つであり、推進剤を電気エネルギーによって加熱し、熱エネルギーを運動エネルギーに変換して推力を生み出す「電熱加速型」に分類されます。「DC」は直流（Direct Current）の略称であり、単にアークジェットと呼ばれることもあります。

この推進器は、中心軸に配置されたカソードと、それを取り囲むアノードで構成されます。これらの電極間に直流電圧を印加することで、供給される推進剤ガスの中でアーク放電を生成します。アーク放電柱を通過する際に、推進剤は高温に加熱され、一部は電離してプラズマ化します。

アーク放電によって熱せられ、高エンタルピーとなった推進剤は、ノズルの形状を持つアノードを通って高速に噴射されます。この高速噴射の反作用により、宇宙機に推力が作用します。

アークジェットの始動時には、通常、数キロボルト（kV）の高電圧パルス放電を用いてアークを点火します。アークが安定すると、数百ボルト（V）程度の直流電圧による定常放電へと切り替わり、連続的な推力発生運転を行います。

推進剤

DCアークジェットでは、化学推進システムでも使用されるヒドラジンを推進剤とする方式が広く用いられています。これは、既存の推進剤供給システムを流用しやすいという利点があるためです。ヒドラジン以外にも、アンモニアや水素といったガスを推進剤とする研究開発も進められています。

実用化事例

DCアークジェットは、特に人工衛星の軌道制御スラスターとして、多くの運用実績を持ちます。

海外事例

米国のエアロジェット社は、ヒドラジン推進剤を用いたDCアークジェットを開発し、商用衛星への採用実績が豊富です。同社のMR-508、MR-509、MR-510といったモデルは、1993年以降、ロッキード・マーティン社製の7000シリーズやA-2100シリーズなどの大型静止衛星に多数搭載されました。これらのスラスターは、主に衛星の軌道面を維持する南北軌道制御に用いられ、その信頼性が実証されています。

また、1999年に打ち上げられた米国空軍の科学技術試験衛星ARGOSには、アンモニアを推進剤とする26キロワット級の高出力アークジェットが搭載されました。これを用いた電力推進宇宙実験（ESEX）により、高出力アークジェットによる宇宙機の軌道変更能力が宇宙空間で初めて実証されました。

日本事例

日本の宇宙航空研究開発機構（JAXA）が開発したデータ中継技術衛星「こだま」（DRTS）には、南北姿勢制御用として、エアロジェット製のMR-509AおよびMR-509B（MR-509を「こだま」用に改修）が、それぞれ2基ずつ合計4基搭載されました。運用中に1基で一時的な動作不良が見られましたが、冗長系により対処されました。しかし、設計上の総噴射回数制限に達したため、2010年11月以降は使用が終了しました。

その後、JAXAが開発した超高速インターネット衛星「きずな」（WINDS）にも、エアロジェット製のMR-512が搭載され、運用が行われました。

国内開発状況

日本国内の大学や研究機関では、DCアークジェットに関する基礎研究や技術開発が精力的に進められています。性能向上や長寿命化に向けた取り組みが行われていますが、人工衛星に実際に搭載されるレベルの実用的な国産品はまだ実現していません。今後の研究開発の進展が期待されています。

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