ETAシステムズ

ETAシステムズとETA10：野心と挫折のスーパーコンピュータ開発史

1983年、コントロール・データ・コーポレーション(CDC)からスピンオフしたETAシステムズ社は、世界最高性能のスーパーコンピュータ開発を目指しました。その挑戦の象徴が、ETA10です。本稿では、ETAシステムズとその代表作であるETA10について、開発背景から技術的特徴、そして市場での成功と挫折までを詳細に解説します。

CDCとETAシステムズの誕生

CDCは、シーモア・クレイがクレイ・リサーチ社を設立したことでスーパーコンピュータ市場での競争力を弱めつつありました。同社のCEO、ウィリアム・ノリスは、CDCが巨大化したことで最高性能マシンの開発が困難になっていると判断。革新的なスーパーコンピュータ開発のため、開発部門を分離し、ETAシステムズを設立したのです。

ETAシステムズは、10GFLOPS（毎秒100億回の浮動小数点演算）という野心的な目標を掲げ、ETA10の開発に着手しました。この目標達成のため、革新的な冷却技術を採用しました。当時一般的なCMOS回路を液体窒素で冷却することで、7ナノ秒という短い命令サイクルを実現し、ベンチマークテストでは目標を達成しました。しかし、実際のアプリケーションでは最高でも4.5GFLOPSにとどまったとされています。

ETA10：革新技術と抱えた課題

ETA10のハードウェアは、CDCのCyber-205をベースに設計されました。Cyberシリーズと同様にベクタープロセッサではなく、パイプライン化されたメモリアクセスと高速メモリにより高速処理を実現。最大8個のCPUと最大16個のI/Oプロセッサを備える共有メモリ型マルチプロセッサでした。各CPUは1命令サイクルで4つの倍精度演算または8つの単精度演算を実行可能でした。

ETA10の最大の特徴は、液体窒素冷却による高速化です。一般的なCMOS技術ながら、冷却によって7ナノ秒の命令サイクルを実現しました。液体窒素冷却モデル（ETA10-F、ETA10-G）と空冷モデル（ETA10-Q、ETA10-P）が存在しました。空冷モデルはPiperとも呼ばれていました。いずれもシングルプロセッサ、マルチプロセッサ構成が可能です。

CPUは250個のCMOSゲートアレイを44層のプリント基板に実装。ゲートアレイは2万ゲート集積で、1.25μmルールで製造されました。当時、スーパーコンピュータでCMOSを採用することは一般的ではありませんでしたが、高集積度による配線遅延の低減を狙っていました。しかし、ECLに比べ遅いCMOSを、液体窒素冷却で高速化するというアプローチをとったのです。

ETA10は400万ワードのローカルSRAMと2億5600万ワードの共有DRAMメモリを搭載。さらに、プロセッサとI/Oデバイスを光ファイバーで接続するなど、当時としては先進的な技術を採用していました。

しかし、ETA10はソフトウェア面で大きな問題を抱えていました。1986年の出荷時、完全動作するOSが存在せず、プログラムはアポロコンピュータ製ワークステーションから逐次ロードする必要がありました。プログラム実行後にはリブートが必要でした。当初はCyber 205のVSOS移植が予定されていましたが、ハードウェアの性能を活かすには新しいOSが必要と判断され、独自OSのEOSを開発、後にUNIX System V Release 3ベースのOSに移行しました。FORTRANコンパイラもCyber 205からの移植で、最適化が不足していました。

市場での展開と終焉

ETA10は、約25システムが出荷されました。フロリダ州立大学、ジョンソン宇宙センター、パデュー大学、東京工業大学、明治大学など、世界各国の大学や研究機関に導入されました。東京工業大学への導入は、日米間のスーパーコンピュータ貿易摩擦という政治経済的な背景も影響していました。しかし、ETA10は故障が多く、期待された性能を十分に発揮できなかったという報告もあります。

ETAシステムズは赤字続きとなり、1989年にCDCに吸収合併されました。ETA10はスーパーコンピュータ市場で最高の価格性能比を誇っていたものの、ソフトウェアや信頼性の問題を克服できず、短命に終わったのです。CDCはその後スーパーコンピュータ事業から撤退、残りのETA10を高校に寄贈したというエピソードも残されています。ETAシステムズとETA10は、高い技術力と野心的な目標にもかかわらず、市場の要求に応えられず、その歴史に幕を閉じました。その歴史は、スーパーコンピュータ開発における技術的挑戦と市場の厳しさ、そしてソフトウェアの重要性を改めて認識させてくれる貴重な事例と言えるでしょう。

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