I.L

手塚治虫の異色作『I.L』：大人のためのメルヘンと謎めいたヒロイン

手塚治虫は、数多くの名作漫画を生み出した巨匠ですが、その作品群の中には、独特の世界観と実験的な作風で知られる隠れた名作も存在します。『I.L』（アイエル）はその一つと言えるでしょう。1969年8月から1970年3月にかけて『ビッグコミック』（小学館）で連載された、各回読み切りの作品です。

当初は風俗漫画として構想された『I.L』でしたが、最終的には大人のためのメルヘンとして結実しました。物語の舞台は、実験映画全盛期の映画界。主人公は、実験映画のパロディー作品で失敗し、落胆している映画監督、伊万里大作です。彼は、街を彷徨う中で怪しげな屋敷に迷い込み、そこでアルカード伯爵という謎めいた人物と出会います。伯爵の正体は、かの有名な吸血鬼ドラキュラのアナグラムであることが暗示され、不気味な雰囲気を醸し出しています。

伯爵は伊万里に、現実社会に神秘性を取り戻すため、世の中の陰の演出家になってほしいと依頼します。そして、伯爵の姪であるI.Lという不思議な女性が伊万里に託されます。I.Lは棺桶に閉じこもり、自在に姿を変えることができる、謎めいた魅力を持つヒロインです。彼女の正体や能力は、物語の中で少しずつ明らかになっていきますが、その神秘的な存在感は読者の想像力を掻き立てます。

『I.L』というタイトル自体も、興味深いエピソードを持っています。手塚治虫は当初、タイトルをI'll（私は～であろう）とするつもりでしたが、出版社のミスによって現在のタイトルになってしまいました。このミスを逆手に取り、手塚はヒロインの名前をI.Lにすることで、この事態を巧みに乗り越えたと言われています。

手塚作品の中でも『I.L』は、時に失敗作として評価されることもあります。しかし、映画監督の大林宣彦は「天才の失敗作は、凡人の成功作よりも遥かに魅力的である」と述べており、その独特な世界観と実験的な作風を高く評価しています。確かに、既存の枠にとらわれない自由な発想と、読者に想像力を掻き立てる謎めいた展開は、手塚治虫の才能を改めて感じさせるものがあります。

『I.L』は、単行本も様々な出版社から出版されています。COM名作コミックス（虫プロ商事）、ハードコミックス（大都社）、手塚治虫漫画全集（講談社）、小学館叢書（小学館）、小学館文庫（小学館）、そして手塚治虫文庫全集（講談社）など、複数の版が存在し、その人気と影響力の大きさを物語っています。

『I.L』は、手塚治虫の多様な才能と実験的な精神が凝縮された、独特の魅力を持つ作品です。読者一人ひとりが、この謎めいた物語と、I.Lという魅力的なヒロイン像を、自由に解釈し、楽しむことができるでしょう。 手塚治虫公式サイトの作品ページからも、より詳細な情報を得ることができます。

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