ILLIAC I

ILLIAC I（イリノイ自動計算機）

ILLIAC Iは、1952年にアメリカ合衆国のイリノイ大学で開発された、初期のデジタルコンピュータです。「Illinois Automatic Computer」の頭文字を取り、イリアック・ワンと呼ばれました。特筆すべきは、このコンピュータが教育研究機関によって独自に設計・構築され、所有された最初の事例であるという点です。

このマシンは、プリンストン高等研究所にいた数学者ジョン・フォン・ノイマンによって概念が整理された、いわゆるノイマン・アーキテクチャを採用していました。同時代の他のコンピュータとは異なり、ILLIAC Iは姉妹機であるORDVACコンピュータと完全な互換性を持ち、開発されたソフトウェアを相互に利用できるという特徴がありました。構成要素としては、約2800本の真空管が使用されており、その物理的なサイズは長さ3メートル、幅0.6メートル、高さ2.6メートル、そして総重量は約4.5トンという巨大なものでした。

当時の基準から見ると、ILLIAC Iの計算能力は非常に高いものでした。その性能の指標として、1956年時点において、かのベル研究所が所有していた全てのコンピュータの合計能力をも凌駕するほどであったという逸話が残っています。しかし、当時のコンピュータ技術は真空管に依存しており、その平均寿命は約1年と非常に短いという課題がありました。理論上は、1日に数本の割合で真空管の故障が発生すると予測されたため、安定した運用のためには特別な保守が必要でした。具体的には、システムを毎日一度シャットダウンし、劣化が疑われる真空管を事前に交換するという、予防保守が不可欠な運用形態がとられていました。この堅牢な運用体制により、ILLIAC Iはその性能を最大限に引き出し続けました。後継機であるILLIAC IIが運用可能になった1962年、ILLIAC Iはその歴史的役割を終え、現役から退きました。

ILLIAC Iによる主な成果

ILLIAC Iはその計算能力を活かし、科学技術計算だけでなく、様々な革新的な研究に用いられました。

コンピュータ音楽の創出
1955年には、作曲家のレジャレン・ヒラーとレオナルド・アイザクソンがILLIAC Iを用いて「イリアック組曲」を作曲しました。これは、コンピュータが音楽作品を生み出した極めて初期の例として知られており、その後のコンピュータ音楽やアルゴリズム作曲の発展に影響を与えました。

スプートニク1号の軌道計算
1957年、ソビエト連邦が人類初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げた際、イリノイ大学の研究者チーム（数学者、物理学者、天文学者ら）は、ILLIAC Iを使用してその軌道を、打ち上げからわずか二日という短期間で計算することに成功しました。これは、初期の宇宙開発におけるコンピュータの重要な応用例の一つです。

* コンピュータ支援教育システムPLATO
1960年には、後のコンピュータ支援教育（CAI）システムの草分けとなる「PLATO」（Programmed Logic for Automatic Teaching Operations）がILLIAC I上に構築されました。このシステムは、コンピュータを教育ツールとして活用する可能性を示し、現代のeラーニングシステムの源流の一つとなりました。

これらの成果は、ILLIAC Iが単なる計算機械としてだけでなく、科学、芸術、教育といった幅広い分野における新たな試みを可能にした、画期的な存在であったことを示しています。教育機関が自ら開発し、研究の最前線で活用したその歴史は、その後のコンピュータサイエンス研究の発展において重要な一章を占めています。

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