In situ

in situ（イン・サイチュ）

`in situ`（イン・サイチュ）は、ラテン語に由来し、「その位置において」という意味を持つ学術用語です。この言葉は、科学技術、医学、工学、さらには言語学といった様々な専門分野において、「その場」や「本来あるべき場所での状態」を示す際に広く用いられています。

各分野における具体的な用法

分野によって「in situ」が指す内容は異なります。

分子生物学

分子生物学や関連分野では、生命体内部の、細胞や組織が本来存在する環境下で行われる実験や観察を指します。これは、細胞が試験管内などで人工的に培養される条件を指す`in vitro`（イン・ヴィトロ）や、単に生体内であることを意味する`in vivo`（イン・ヴィヴォ）と対比されることがあります。特に、細胞が周囲の環境から受ける影響や、特定の細胞が本来位置する場所が現象に大きく関わる場合に、「in situ」での実験が重要視されます。

医学

医学分野では、病変がその発生した臓器や組織内に留まっており、周囲の組織へと広がっていない（非浸潤性である）状態を表現する際に使われます。「悪性腫瘍（がん）が上皮内にとどまっている初期段階」を示す`carcinoma in situ`（カルチノーマ・イン・シーチュー）、すなわち上皮内癌（非浸潤癌）は代表的な用例です。

半導体工学および化学

半導体プロセス

半導体製造プロセスにおいては、実際に化学反応や物理現象が発生している場所やタイミングでの測定や観察を「in situ 計測」と呼び、「その場計測」と訳されることもあります。これは、プロセス進行中のリアルタイムな情報を得るために不可欠です。

化学

化学分野では、主に反応混合物中で、特定の化学種がその場で生成され、単離されることなく次の反応に用いられる状況を指します。これを`in situ 合成`と呼びます。中間体などが不安定で単離が困難な場合や、単純に合成手順を簡略化したい場合に用いられます。例えば、不安定な試薬であるコーリー・チャイコフスキー試薬やアドレノクロムの合成にこの手法が使われます。また、医用生体工学の分野では、`in situ 重合法`により生体内で直接生成されるタンパク質ナノゲルが、薬剤送達システムなどとして癌治療や再生医療などに応用されています。

化学工学

化学プラントなどでは、設備を停止したり、触媒などを装置から取り出したりすることなく、その場で実施される操作や処理を意味することがあります。例えば、劣化した触媒をプラント内に設置したまま活性を回復させる`in situ 再生`などが該当します。

野外観測を行う分野

地球科学や土木工学といった、フィールドでの観測や測定、試料採取が中心となる分野では、現場で実際に物体が存在している状態や、現場で行われる活動そのものを指します。これは、実験室内での分析や、遠隔からの観測（リモートセンシング）、あるいは理論計算やシミュレーションといった、現場から離れた場所での活動と対比される概念です。

言語学

言語学においては、疑問詞（「だれ」「なに」など）が文中で本来の位置から移動しないまま疑問文を形成する構造を指して用いられます。日本語の疑問文は、疑問詞が文頭などに移動しないため、「in situ 疑問文」あるいは`wh-in-situ`と呼ばれます。

発音

日本語では英語読みに近い「イン・サイチュ」と読まれることが多いですが、英語にはいくつかの主要な発音があります。

/ɪnˈsaɪtu/ (イン・サイトゥ)
/ɪnˈsaɪtju/ (イン・サイテュ)
/ɪnˈsaɪʧu/ (イン・サイチュ)
/ɪnˈsitu/ (イン・スィトゥ)
/ɪnˈsiʧu/ (イン・スィチュ)

ラテン語の本来の発音は「イン・スィトゥ」に近いとされています。

関連用語

「in situ」は、他のラテン語由来の表現と対比されたり関連付けられたりすることがあります。

`in vitro`：試験管内やガラス容器内など、生体外での実験や操作を指す。
`in vivo`：生体、つまり生きている動物や植物の体内での現象や実験を指す。「in situ」が生体内の「特定の場所」や「本来の環境」を強調するのに対し、「in vivo」は単に「生体内であること」を指す場合が多い。
`in silico`：コンピュータシミュレーションやデータ解析を用いて行う研究や実験を指す。

また、「in situ」という語が名称の一部として使用されている例としては、近視などの屈折異常を矯正する眼科手術である`レーシック`（LASER-assisted in situ keratomileusis）や、鉱脈に溶媒を注入して鉱物を溶かし出し回収する採掘技術である`インシチュリーチング`などがあります。

これらの例からもわかるように、「in situ」はその分野における「その場」「本来の状態」「現場での操作」といった概念を表現するための、非常に汎用的かつ重要な学術用語と言えます。

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