Lincos

Lincos（リンコス）

Lincos（リンコス）は、1960年にオランダの数学者ハンス・フロイデンタール博士が考案した人工言語です。その目的は、地球上のいかなる言語や文化に関する知識を持たない可能性のある、理知的な地球外生命体との間で、無線通信を通じて相互理解を可能にすることにありました。フロイデンタール博士は、自身の著書『宇宙的交流のための言語設計（Design of a Language for Cosmic Intercourse）』の中でこの概念を発表しました。彼は、地球の言語や文法に全く通じていない相手にも理解できるよう、普遍的な基盤の上に成り立つ言語を目指しました。Lincosは、「私たちの持つ知識の全てを伝えられるだけの容量を持つ」ように設計されたとされています。

概念と構造

Lincosによるメッセージは、まずその内容を理解するための「辞書」から始まります。この辞書は、最も単純な概念から段階的に複雑な概念へと進むように構成されています。

1. 基礎概念: 最初の段階では、自然数や二進法、基本的な算術演算（足し算、引き算、掛け算、割り算）といった概念が、単純な電波の波長パターンを用いて表現されます。等式や不等式、変数や定数といった数学的な概念は、具体的な例を挙げて説明されます。さらに、命題論理、集合論、そして一階述語論理といったより抽象的な論理学の概念へと進みます。
2. 時間: 次に、時間に関連する語彙や概念が導入されます。持続時間の測定方法、現在、過去、未来といった時間の流れを表現するための言葉が含まれます。
3. コミュニケーションと行動: 第3部は最も複雑で、個人間の相互作用や行動を記述するために必要な言語と概念を伝えることを目指しています。互いに話し合う様子、質問、反対意見の表明、引用、探求、約束、そして遊ぶといった具体的な行動や対話の例を通して、これらの概念が説明されます。
4. 物理的性質: 最後の段階では、質量、体積、運動といった物理的な概念に関連する言語が扱われます。この部分は、人間自身や太陽系の物理的な特性を説明するために用いられることを想定しています。

発展と応用

フロイデンタール博士は当初、物体、地球、生命、行動といった項目を追加する第二巻を執筆する計画でしたが、これは実現しませんでした。しかし、その後他の研究者たちによってLincosは少しずつ拡張されてきました。例えば、CosmicOSと呼ばれる発展形や、ライデン大学のアレクサンダー・オロングレン（Alexander Ollongren）が直観論理を用いて開発した「第二世代Lingua Cosmica」などがあります。

長年にわたり、Lincosは主に理論的な研究の対象であり、実際の宇宙通信に用いられることはありませんでした。しかし、カナダの天体物理学者であるイヴァン・デュティル（Yvan Dutil）とステファン・デュマ（Stéphane Dumas）が、知的生命体との通信メッセージにノイズ耐性を持たせる符号化システムを開発したことにより、状況が変わります。

1999年には、Lincosで記述されたメッセージが符号化され、ウクライナのイェウパトーリヤRT-70電波望遠鏡を用いて近隣の恒星系に向けて送信されました。この実験は、エンカウンター2001（Encounter 2001）という組織によって推進されました。2003年にも、同様の実験が別の恒星系を対象に行われています。これらの送信されたメッセージは、基本的な数学、物理学、天文学の概念を説明する一連の情報ページとして構成されていました。

例

フロイデンタールの著書には、Lincosによる具体的な表現例が示されています。例えば、一人がもう一人に質問する場面が描かれています。「正しい」に対応する`Ver`と「間違っている」に対応する`Mal`という語が使われます。算数の質問に対して、計算結果が数値としては正しくても、より単純な分数に約分できる場合には「不完全な答え」として`Mal`が返される、といった例が示されています。また、個人間の対話を表す例も紹介されています。

関連事項

Lincosの概念は、フィクション作品にも影響を与えています。カール・セーガンの小説を原作とする映画『コンタクト』では、地球外知的生命体からのものとされる無線信号の中に、Lincosに類似した、数学や科学に基づいた「辞書」から始まる構造を持つメッセージが登場します。

Lincosの研究や応用は、異星言語学や、地球外知的生命体探査（SETI）といった分野と深く関連しています。

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