M86 (天体)

おとめ座の領域に位置するM86（NGC 4406）は、渦巻銀河の腕構造を失ったレンズ状銀河に分類される天体です。メシエカタログの第86番目の天体として記録されています。

この銀河は、近傍のM84をはじめとする多数の銀河が集まる領域に存在します。特に、M84、NGC 4435、NGC 4438、NGC 4402、NGC 4387、NGC 4388など、多くの銀河が大口径の望遠鏡を用いると視野に捉えられます。これらの銀河の一部は、空の一角に連なって見える「マルカリアンの鎖」として知られる銀河の列を形成しており、M86もまたこの印象的な構造の一部を担っています。さらに、口径40cmクラスの望遠鏡を使えば、メシエカタログやNGCカタログに登録されていない、さらに多くの微かな銀河たちをも見出すことが可能です。

M86を観測する際、その見え方は使用する機材によって大きく異なります。双眼鏡では、かろうじて存在を確認できる程度の、星と見分けがつかない点状の光としてしか捉えられません。しかし、口径10cmクラスの望遠鏡を用いると、すぐ近くにあるM84とは異なる、ぼんやりとした広がりのある天体として認識できるようになり、両者の形態の違いが明らかになってきます。口径が20cm程度になると、M86の中心部に明るい核が存在することや、その周囲に位置する他の銀河の姿も視野に入ってきます。M86自体は、M84に比べてわずかに大きく見えますが、全体的に淡い印象を与えます。また、南北方向にやや細長い楕円形をしているのが特徴です。

M86は、メシエカタログに登録された天体の中でも、特に注目すべき特徴を持っています。それは、最も大きな青方偏移を示している点です。これは、この銀河が毎秒およそ244キロメートルという高速で、私たち地球に向かって接近していることを意味します。多くの遠方の天体が宇宙の膨張に伴い赤方偏移を示す中で、これは非常に特異な運動と言えます。

さらに、X線天文衛星「チャンドラ」による観測は、M86の周囲に衝撃的な現象が起きていることを明らかにしました。この観測によって、M86から約20万光年にもわたって、薄く引き伸ばされたガスの尾のような構造が捉えられたのです。このガスの尾は、M86がおとめ座銀河団の中心部へと強い重力によって引き寄せられ、移動する過程で銀河団内の高温ガスとの相互作用により、銀河のガスが剥ぎ取られてできたものだと推測されています。

M86は、1781年にフランスの天文学者シャルル・メシエによって発見されました。彼はこの天体をM84と同時に発見しており、当時の観測記録の中で、M86の外観がM84と似ていると記述しています。しかし、その後の詳細な観測によって、M86は単にM84に似た銀河であるだけでなく、その特異な運動や周囲の環境とのダイナミックな相互作用によって、独自の興味深い天体であることが明らかになっていったのです。

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