MASTER彗星 (C/2020 F5)

MASTER彗星 (C/2020 F5)は、太陽系を巡る天体の一つである彗星の中でも、「非周期彗星」に分類される天体です。この彗星が私たちの観測網によって捉えられたのは、2020年の春のことでした。

発見の経緯

MASTER彗星は、2020年3月28日、南米アルゼンチンのサンフアン近郊に設置されているMASTER (Mobile Astronomical System of the Telescope-Robots) という名の自動観測システムによって発見されました。発見当時の明るさは15.8等級で、これは肉眼はもちろん、一般的なアマチュア向けの望遠鏡でも容易には捉えられないほど暗い天体です。専門的な自動検出システムがその存在を捉えた好例と言えるでしょう。

軌道と分類の確定

彗星や小惑星が発見されると、その後の観測によって軌道が計算されます。MASTER彗星に関しても、発見当初の限られたデータに基づく軌道計算から、一時的に「恒星間天体」ではないかという見解も一部で囁かれました。恒星間天体とは、私たちの太陽系ではなく、他の恒星の周りを回る系から飛来した天体のことを指します。これは、それまでに観測された恒星間天体が非常に稀であったため、もしそうであれば天文学的に非常に重要な発見となる可能性を秘めていたからです。

しかし、発見後も継続的な観測が行われ、より多くのデータが集まるにつれて、彗星の正確な軌道が確定されていきました。その結果、MASTER彗星は、恒星間天体ではなく、太陽系内部を通過する典型的な彗星であることが判明しました。

確定した軌道は「双曲線軌道」であり、その軌道離心率は1.0026という値を持っています。軌道離心率が1より大きいことは、その天体が太陽の重力に完全に束縛されず、一度太陽に接近した後、再び遠い宇宙空間へと旅立っていくことを意味します。これは、非周期彗星の中でも、特に太陽系の外縁部、あるいはそれよりもさらに遠い領域から飛来し、二度と太陽の近くには戻ってこないタイプの軌道を示すものです。

過去の軌道

興味深いことに、現在の軌道は双曲線ですが、太陽系に接近する過程で木星などの巨大惑星の重力による影響（摂動）を受ける前の、はるか過去においては、異なる軌道を描いていたと考えられています。惑星による摂動を受ける前の軌道を推定した結果、MASTER彗星の公転周期は約36,000年という、非常に長い周期を持つ楕円軌道であったと推測されています。これは、太陽系が誕生して以来、おそらく数回しか太陽に接近していないであろう、まさに「非周期彗星」という分類にふさわしい歴史を持つ天体であることを示唆しています。

まとめ

MASTER彗星 (C/2020 F5)は、自動観測技術によって発見され、初期の段階では恒星間天体の可能性も議論されたものの、最終的には軌道離心率1.0026の双曲線軌道を持つ典型的な非周期彗星として分類されました。その軌道は、惑星の摂動によって長い周期軌道から変化したものであると考えられており、太陽系外縁部から飛来し、太陽系を一度だけ通過していく天体としての特徴を示しています。このような彗星の観測は、太陽系がどのように形成され、進化してきたか、そして太陽系外縁部の未知の領域にどのような天体が存在するのかを知る上で重要な情報を提供してくれます。

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