RD-253

RD-253 ロケットエンジン

RD-253（ロシア語: Раке́тный дви́гатель 253）は、旧ソビエト連邦で設計・開発され、現在もロシアのNPOエネゴマシュによって製造が続けられている強力な液体燃料ロケットエンジンです。このエンジンは、主にロシアの主力大型ロケットであるプロトンロケットの第1段の動力源として使用されており、ソビエト時代から現代に至るまで、数多くの重要な宇宙ミッションを成功に導いてきました。

画期的な技術と構造

RD-253の最大の特徴は、世界で初めて非低温推進剤を用いた酸化剤リッチ二段燃焼サイクルを実用化した点にあります。これは、燃焼に使用された高温のタービン駆動ガスを主燃焼室で再燃焼させることで、エンジンの性能と効率を飛躍的に向上させる技術です。

推進剤には、毒性の高い非対称ジメチルヒドラジン（UDMH）と四酸化二窒素（N2O4）という二液推進系の組み合わせが採用されています。これらの推進剤は、その毒性から取り扱いには注意が必要であり、環境や経済的な課題も指摘されています。しかし、同時にこれらの推進剤は常温で保存が可能で、自己着火性を持つという大きな利点があります。これにより、エンジンシステムの設計を簡略化し、運用時の安全性を高め、コストを抑えることが可能となり、その実用上の利点が欠点を上回ると評価されました。

RD-253の二段燃焼サイクルは、まず予燃焼室で大半の酸化剤と少量の燃料を燃焼させ、この燃焼ガスによってタービンを駆動します。このタービンは、エンジンに推進剤を供給する2基の主ポンプを動かします。タービンを通過した高温ガスは、そのまま主燃焼室へ送られ、そこで残りの燃料と混合されて完全に燃焼します。この方式により、推進剤の流れを無駄なく利用し、燃焼室内の圧力を約15 MPaという非常に高いレベルに保つことができます。また、設計段階から類似のエンジンと比較して、サイズと重量の抑制が考慮されました。

開発の歴史と信頼性

RD-253エンジンの開発は1961年に開始されました。ソビエトの著名なロケットエンジン設計者であるヴァレンティン・グルシュコの指導の下、エンジンの設計、開発、試験、そして生産体制の構築が進められ、わずか2年後の1963年には開発が完了しました。そして、1965年7月にはプロトンロケットの第1段に6基搭載されて初めて宇宙へと飛び立ちました。

開発初期にはいくつかの課題も存在しましたが、RD-253は当時としては画期的な高推力、比推力、燃焼室圧力を実現し、ロケットの性能を質的に向上させました。特筆すべきは、その運用における極めて高い信頼性です。2003年末までに約2000基のRD-253またはその派生型が使用されましたが、運用中に故障した事例はわずか2件のみと報告されています。この実績から、RD-253はソビエトおよび現代ロシアにおいて、最も信頼性の高いロケットエンジンの一つと見なされています。

重要な運用実績と派生型

プロトンロケットの第1段には、RD-253またはその改良型が常に6基搭載されています。この強力な推進力により、プロトンロケットは旧ソ連・ロシアの宇宙計画において中心的な役割を果たしてきました。ルナ計画、ベネラ計画、マーズ計画といった惑星探査機や、宇宙ステーションであるサリュート、ミール、さらには国際宇宙ステーション（ISS）の主要モジュールなど、数多くの重要なペイロードがプロトンロケットによって宇宙に届けられました。

RD-253の基本設計を基に、いくつかの改良型や派生型も開発されました。RD-256は、別の宇宙船プロジェクトのために実験的に開発されましたが、計画中止に伴い飛行に使用されることはありませんでした。RD-254は、真空中での効率を高めるためにノズルが伸展する構造を持つ改良型として構想されました。

より実用的な改良型として登場したのが、RD-275（14D14）です。1987年から1993年にかけて開発されたこのエンジンは、燃焼室圧力を高めることでオリジナルのRD-253よりも推力が約7.7%向上しました。これにより、プロトンロケットの静止軌道へのペイロード能力は600 kg以上増加し、1995年から運用が始まりました。

さらに、2001年にはRD-275の性能をさらに向上させたRD-275M（14D14M）の開発がNPOエネゴマシュによって開始されました。RD-276とも呼ばれるこの最新型は、RD-275と比較して推力をさらに約5.2%向上させ、静止軌道へのペイロードを150 kg増加させることを目指しました。広範な試験を経て2005年半ばに製造認可を取得し、2007年7月にはプロトンMロケットに搭載されて初めて打ち上げられました。

現在の状況と課題

RD-253およびその派生型の製造と販売に関する権利は、現在もNPOエネゴマシュが保有しており、ロシア国内のペルミ工場で生産が続けられています。エンジン単体の製造コストは、資料によって異なりますが、100万ドルから150万ドル程度と見積もられています。

ソビエト連邦の崩壊後、プロトンロケットの主要な打ち上げ拠点であるバイコヌール宇宙基地がカザフスタン領となったことで、UDMH/N2O4推進剤の毒性に関する問題がより顕著になりました。打ち上げ失敗時には、推進剤の汚染物質が地上に飛散し、環境への影響や除染コストが国際的な問題となることがあります。実際に、2007年のプロトンロケットの打ち上げ失敗後には、カザフスタン側から多額の除染費用が請求される事態も発生しています。

歴史的な重要性と技術的な先進性、そして類まれな信頼性を兼ね備えるRD-253エンジンは、その推進剤の特性による課題を抱えつつも、今なおロシアの宇宙輸送能力を支える基幹技術の一つであり続けています。

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