S-Master

S-Masterとは

S-Masterは、ソニーが開発したフルデジタルアンプの商標です。正式名称はストリーム・マスター・デジタルアンプと呼ばれています。この技術は、長年にわたるソニーのD/A変換技術の蓄積を基に開発され、音声信号をデジタル領域で完全に処理することを可能にしました。

概要

S-Masterの最大の特長は、音声信号の歪みや音質の劣化、変換時に発生するノイズを最小限に抑え、原音を忠実に再生できる点です。アナログアンプとは異なり、音声信号の波形を高速でサンプリングしてデジタルデータ化した後、増幅し、再びアナログ信号に戻すため、電力効率が良く、小型化しても音質が損なわれにくいというメリットがあります。

特徴

S-Masterは、以下の主要な要素で構成されています。

S-Masterプロセス: 高精度なオーディオパルスを生成します。
オーディオパルスドライバー: 生成されたオーディオパルスを電力増幅します。

S-Masterの技術は、アンプの小型化を可能にし、複数のS-Masterを組み合わせることでマルチチャンネルにも対応できます。

一貫したフルデジタル処理

入力段で様々なデジタルオーディオ信号を受け取った後、音質に悪影響を及ぼすジッターを水晶発振器の精度まで低減します。次に、独自開発の高精度演算アルゴリズムにより、出力段を駆動する1ビットのオーディオパルス信号を生成します。このパルス信号で安定化した電源電圧を高速かつ高精度にスイッチングし、電力増幅を行います。増幅された出力信号はD/A変換された後、ローパスフィルターを通して出力されます。

S-Masterプロセスで生成された高精度なパルス信号は、パワードライバーによってスピーカーを駆動できる電力を持つオーディオパルスに変換されます。パワードライバーは、2個のMOS-FETで構成されたディスクリート回路によるプッシュプル電力スイッチで、実際にはパワードライバーを2組使ってバランス駆動します。これを高速でスイッチングすることによりオーディオパルスを出力します。

クロスオーバーひずみの排除

多くのアナログアンプでは、信号波形の上下に2つの増幅素子を使用し、波形の上半分と下半分を繋ぎ合わせて全体の出力を得ています。この構造のため、繋ぎ目にあたるゼロボルト付近でクロスオーバー歪が発生し、フィードバック制御で抑圧されます。しかし、増幅率の低い高域では、完全に補正することが難しく、抑圧の結果、別の歪みが発生する可能性があります。Aクラス動作によりクロスオーバー歪を解消できますが、発熱が大きく、電力効率も低下するため、チャンネル数の多いホームシアター用パワーアンプには適していません。

S-Masterでは、出力デバイスはオン/オフの動作のみを行い、オーディオ波形はパルスの密度によって決定されるため、原理的にクロスオーバー歪が発生しません。また、素子の増幅率変化の影響も受けにくい構造になっています。

高い電力効率と大出力化

デジタル方式による信号増幅は、素子の増幅率が変わっても音質変化が少なく、発熱も少ないため、熱による音質劣化がほとんど生じません。S-Masterは、電力効率が90%以上と非常に高く、同サイズの電源部を持つアナログアンプと比較して大出力化が容易です。この大出力化は、大音量再生だけでなく、瞬間的な音楽信号のピークを正確に再現するために必要であり、音楽や映画の迫力ある音を再生する上で不可欠な要素です。

クリーンデータサイクル

デジタルデータの記録や伝送によって発生するジッターは、PLLによるクロック再生法で除去されますが、低周波のジッターは除去できず、位相歪として音質を劣化させます。クリーンデータサイクルは、このジッターの影響をデジタル領域で除去する機能です。ここでは、純度の高い基準クロックを使って入力データの周期を監視し、データが存在すべき時間間隔を高精度に割り出します。この監視は長い時間間隔で行われるため、低周波のジッターも除去できます。これにより、音源収録時にA/D変換された直後の音質を再現でき、重厚で広々とした空気感の表現が可能になります。

C-PLM

Complimentary-Pulse Length Modulationの略で、S-Masterプロセスの中心となるパルス変換をするソニー独自の方式です。一般的なデジタルアンプで使われるPWMでは、原理的に二次歪が発生しますが、C-PLMではハイパワー時とローパワー時の変換利得の変化が理論的になく、リニアリティに優れ、二次歪が発生しません。電源の利用効率も高く、低い電源電圧でハイパワーが得られるという特徴があります。

S-TACT

出力パルスにジッターを発生させないための技術です。S-Masterのパルス生成回路が出力するパルス信号は、高周波ノイズを含みますが、オーディオ帯域はアナログ信号そのものです。パルス生成回路は、半導体内部でデジタル演算部分から分離し、マスタークロックの直近に配置することで、ノイズの影響を避け、マスタークロックを直接送り込むことでジッターの混入を阻止します。

S-Master PRO

S-Master PROは、S-Masterの進化版で、以下の機能が追加されています。

パルスハイトボリューム: スイッチングパルスの振幅を増減させて音量を調節し、データ損失を防ぎます。
DCフェースリニアライザー: DSP演算によってアナログアンプと同じ位相回転を再現し、低音再現性を向上させます。
DSD信号入力対応: DSD信号のデジタル転送を可能にし、より鮮度の高い処理を実現します。
高帯域の改善: 高帯域におけるS/N比を改善し、クリアな高音を実現しています。

S-Master MX

S-Master MXは、S-Masterをモバイル機器向けに最適化したもので、フルデジタル処理時のプロセスをさらに最適化することで、歪みやノイズを低減し、小音量から大音量までディテールを維持した高音質を実現しています。迫力ある低音のエネルギー感、スピード感も再現し、臨場感あふれる音を再生できます。

S-Master HX

S-Master HXは、S-Master MXをハイレゾ音源に対応させたもので、S-Master駆動用に-電源を追加し、左右それぞれに+-の計4つの電源を搭載することで、低域の減衰を軽減しています。特に、ウォークマンWM1シリーズに搭載されたCXD3778GFは、ヘッドホン出力の向上やDSDネイティブ再生に対応しています。

さらに、据え置きUSB DAC内蔵ヘッドフォンアンプ(TA-ZH1ES)では、D.Aハイブリッドというデジタル増幅出力とアナログ増幅出力を差分合成して出力する形式を採用し、デジタル演算部にFPGAを用いることで、より高音質な再生を実現しています。

搭載されている製品

S-Master技術は、ウォークマン、ICレコーダー、NETJUKE、システムステレオ、アクティブスピーカー、スマートスピーカー、ヘッドフォン、ヘッドフォンアンプ、VAIO、サウンドバー/ホームシアターシステム、AVアンプ/ステレオアンプ、タブレット、ブラビア、スマートフォンなど、幅広い製品に搭載されています。

過去に搭載されていた製品

Listen、WEGA、QUALIA 007などにも搭載されていました。

S-Masterは、ソニーが誇る高音質技術であり、その進化は今も続いています。

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