SIAI S.21

1921年、イタリアの著名な航空機メーカーであるSIAI-サヴォイア社は、当時、高速水上機技術の粋を競う国際的な舞台であったシュナイダー・トロフィー・レースに挑むべく、一機の特殊な飛行艇を開発しました。その機体こそが、SIAI S.21です。

開発背景と目的

シュナイダー・トロフィー・レースは、各国が航空技術の優位性を示す絶好の機会であり、参加機体は極限まで速度性能が追求されていました。SIAI S.21も例外ではなく、この高速競争に勝つことを唯一最大の目標として設計された、純粋なレース専用機でした。

特徴的な機体構造

SIAI S.21の外見は、同時期の他の飛行艇と比べても異彩を放っています。形式としては複葉機ですが、特徴的なのは上下の主翼の大きさが異なる点です。具体的には、下翼に比べて上翼の方が幅（翼弦長）が狭く設計されていました。また、二枚の主翼をつなぐ翼間支柱の配置も独特で、機体を正面から見た際にアルファベットの「M」のような形状を形成していました。これは、翼の強度を確保しつつ、空気抵抗を最小限に抑えるための工夫であったと考えられます。

動力系統もまたユニークでした。操縦席のほぼ真上に、強固な構造体によって支持される形で、300馬力級のAnsaldo San Giorgio 4E-14 エンジンが一基搭載されました。多くの水上機が採用する牽引式とは異なり、S.21ではプロペラを機体後方に配置した推進式を採用しています。このエンジンは4枚羽根のプロペラを回転させ、機体を前へ押し出す力を生み出しました。推進式は、プロペラが機体の前方や下方に位置しないため、離水・着水時に水しぶきを吸い込むリスクや、水面に接触するリスクを減らすメリットがある一方、構造が複雑になりやすく、振動などの課題も抱える場合があります。SIAI S.21の設計は、高速性を追求するために、こうした大胆な構造が採用された結果と言えるでしょう。

操縦の難しさとレースへの挑戦

しかし、SIAI S.21は、その革新的な設計ゆえに、非常に操縦が難しい機体として知られています。高速性能を追求した空力特性や、エンジンの独特な配置などが影響したと考えられます。その扱いの難しさから、この機体は特定の熟練パイロット、グイド・ジャンネッロ氏のために特注された、文字通りの「専用機」となりました。彼の卓越した技量をもってしても、完全に乗りこなすには特別な慣れが必要だったようです。

そして、この「専用機」であったことが、1921年のシュナイダー・トロフィー・レース本番で思わぬ事態を招きます。レースが迫る中、S.21の操縦を託されていたグイド・ジャンネッロ氏が、残念ながら急病に見舞われ、飛行不可能となってしまいました。SIAI S.21はジャンネッロ氏以外に操縦できるパイロットがいなかったため、代替パイロットを立てることができず、無念にもレースへの出場を棄権せざるを得なくなりました。これにより、S.21が国際的な舞台でその性能を示す機会は失われ、その実力は幻に終わったのです。

主要スペック

SIAI S.21の主な性能諸元は以下の通りです。

全長：7.62 メートル
全幅：7.69 メートル
エンジン出力：300 馬力
最大速度：290 km/h

これらの数値は、1921年当時の高速水上機としては非常に優れたものであり、設計の狙いが高速飛行にあったことを明確に示しています。

後世への影響とフィクションでの登場

実機としてのSIAI S.21は、レース棄権という結果に終わり、その活躍は限定的でした。しかし、後年、その名前は広く知られることになります。特に有名なのは、宮崎駿監督の長編アニメーション映画『紅の豚』に登場する主人公の愛機「サボイアS.21」です。

ただし、映画に登場するサボイアS.21は、実在のSIAI S.21とは外見が大きく異なります。映画の機体は流線型の美しい単葉機として描かれており、これは実際には同じくイタリアの航空機メーカーが開発した高速飛行艇、マッキ M.33をモデルにしていると考えられています。名前は共通していますが、実機と映画の機体は構造もデザインも全くの別物です。映画を通じて「S.21」という名前はポピュラーになりましたが、史実上のSIAI S.21が独特な複葉飛行艇であったことは特筆すべき点です。

SIAI S.21は、シュナイダー・トロフィー・レースという高速競争の時代が生んだ、短命ながらもイタリア航空史に名を刻む、極めて個性的な一機の飛行艇と言えるでしょう。

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