X論文

X論文とは

「X論文」（英語: X Article）は、アメリカの外交官ジョージ・F・ケナンが、1947年7月に外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』に発表した論文です。正式名称は「ソヴィエトの行動の源泉（The Sources of Soviet Conduct）」です。発表時、著者名が「X」と伏せられていたことから、この通称で知られています。この論文は、冷戦時代におけるアメリカの対ソ政策「封じ込め政策」の理論的基礎となったことで知られています。

論文発表の背景

ケナンは、国務省内でも有数のソ連専門家として知られていました。モスクワでの大使館勤務を3度経験し、ソ連の情勢を深く理解していました。1946年2月には、ソ連との関係を詳細に分析した長文電報を国務省に送付。この電報は、トルーマン政権の対ソ政策に大きな影響を与え、1947年3月のトルーマン・ドクトリンへと繋がりました。しかし、ケナンは後の報告書で、トルーマン・ドクトリンの対ソ強硬姿勢を批判しています。

国務省内に政策企画本部が設立されると、ケナンがその長に就任。1947年5月には、西欧への経済援助を提唱する報告書を提出し、マーシャル・プランの基礎を築きました。その一方で、トルーマン・ドクトリンの二つの誤った印象を是正しようと試みました。

このような背景の下、ケナンは「ソヴィエトの行動の源泉」を発表し、長文電報や報告書で展開した主張をさらに詳しく説明しました。論文では、著者名が伏せられ「X」とされましたが、すぐにケナンが筆者であることが明らかになりました。

論文の論旨

論文は以下の4つのセクションで構成されています。

第1節：ソ連権力の源泉

ソ連の行動は、イデオロギーと環境の二つの要素によって形成されています。ソ連の指導者が信奉するマルクス主義は、資本主義を搾取的な制度とみなし、その崩壊と労働者階級への権力移行を必然とします。ロシアの革命家たちは、この理論を自らの革命運動の根拠とし、専制政治を打倒しました。

しかし、革命後のソ連は、独裁体制を確立し、反対勢力を徹底的に排除しました。国内の資本主義の残滓を独裁維持の根拠としてきましたが、それが清算されると、今度は外国の資本主義の脅威を強調するようになりました。支配者たちは、独裁を正当化するための虚構から抜け出すことができず、資本主義世界との対立を強調し続けます。

第2節：資本主義との内在的対立

ソ連の行動を理解する上で、「資本主義と社会主義の間には、内在的な敵対関係がある」という考え方が重要です。これは、ソ連と資本主義国が共通の目的を持つことができないことを意味します。ソ連は、資本主義が崩壊するという理論に基づき、急いで資本主義を倒そうとはしません。ソ連の行動は長期的な視野に基づいています。したがって、ソ連の膨張傾向に対抗するためには、長期的な封じ込め政策が必要です。しかし、この政策は、威圧的な態度を示すこととは異なります。

第3節：ソ連の脆弱性

ソ連は、西側世界からの圧力に封じ込めることができます。ソ連は工業化を急ぐあまり、農業や消費財の生産を軽視し、強制労働を導入しました。民衆は疲弊しており、ソ連が掲げるイデオロギーにも以前ほどの魅力を感じなくなっています。また、ソ連の権力は、指導者の交代や世代交代の際に不安要素を抱えています。ソ連の権力は、内部に自らを滅ぼす種を持っている可能性があり、それは既に発芽し始めているかもしれません。

第4節：米国の役割

アメリカは、ソ連を協力者ではなく対抗者として認識する必要があります。しかし、ソ連はまだ西側諸国に比べて弱く、その政策は柔軟性に富んでいます。アメリカは、ソ連が世界の安定を乱す兆候を見せた場合は、断固とした封じ込め政策を展開する必要があります。アメリカは、自らの健全さを示すことでソ連とその支持者に影響を与えることができ、ソ連のイデオロギーを揺さぶることができるはずです。アメリカの対ソ政策は、アメリカの価値観を試す機会でもあるのです。

論文の影響

論文発表後、ケナンが著者であることが判明すると、彼は冷戦政策の立案者として世界に知られるようになりました。しかし、ケナンが提唱した「封じ込め政策」は、当初の意図とは異なる解釈で広まりました。

ケナンは、ソ連が世界を侵食しようとする動きに対しては、どこであろうと対抗することが重要だと主張しました。しかし、この「対抗力」を軍事力と解釈する動きが政権内外で広まりました。ケナンが意図したのは政治的な対抗手段であり、軍事的な介入を推奨していたわけではありません。彼は、西欧や日本など、軍需生産が可能な地域を特に重視していました。封じ込め政策を考察する際には、これらの点を考慮に入れる必要があります。

「X論文」は、冷戦時代におけるアメリカの外交政策を大きく左右し、その後の国際関係に大きな影響を与えた重要な論文です。

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