YF-73

YF-73 ロケットエンジン

YF-73は、中華人民共和国が独自に開発し、初めて実用化に成功した液体水素および液体酸素を推進剤とするロケットエンジンです。このエンジンは、ガス発生器サイクル方式を採用し、ジンバル機構を用いた推力方向制御能力を備えています。主に静止軌道への通信衛星打ち上げを目指して開発された長征3号ロケットの第3段用エンジンとして設計されました。

開発と歴史

中国における液体水素・液体酸素といった極低温推進剤エンジンの研究開発は、著名な科学者である銭学森氏の主導のもと、1961年に開始されました。基礎研究を経て、1965年3月には推力200kg級の燃焼器の試験が成功し、極低温技術の実現に向けた一歩が踏み出されました。さらに1970年には、エンジンの点火装置や推力800kgクラスの燃焼室の開発が進められました。これらの成果に基づき、1970年10月には推力約4トンを目指した本格的な試作エンジンの開発作業がスタートしました。

開発されたガス発生器サイクルの試作機は、1975年1月25日に初の燃焼試験を成功させました。この技術的達成を受け、中国政府は同年3月、より実用的な推力を持つエンジンの開発計画（通称311計画）を承認し、長征3号の上段エンジンとしての実用化開発へと移行しました。YF-73エンジンを搭載した長征3号ロケットの最初の打ち上げは、1984年4月8日に行われ、中国初の静止通信衛星である東方紅2号の軌道投入に成功しました。この初飛行は、中国の宇宙開発史における重要な節目となりました。

YF-73はその後、後継となるより高性能で信頼性の高いYF-75エンジンに順次置き換えられていきました。入力情報によれば、1994年の時点でおおむねYF-75への移行が進み、最終的に2000年頃までに運用を終了し退役しました。運用期間中、YF-73は合計13回の打ち上げに使用されましたが、そのうち3回はエンジンの不調などに起因する失敗でした。

技術的特徴

YF-73エンジンは、酸化剤である液体酸素と燃料である液体水素を推進剤として使用します。両者の混合比は、酸素/水素比で約5に設定されていました。長征3号ロケットの初期型における第3段の推進を担当し、ペイロードを静止軌道やそれらに近い軌道へ投入する役割を担いました。

このエンジンの設計には、いくつかの特徴があります。燃焼器内部の圧力は約26バール（bar）に達し、ノズルの膨張比は40でした。これらの設計値により、真空環境下での比推力は425秒という高い効率を達成しています。発生する推力は、公称で4トン級とされていましたが、実際には約4.4トンの推力を発揮しました。

エンジンの姿勢制御については、推力方向を調整するためのジンバル機構が採用されています。具体的には、2基の油圧シリンダーを用いることでエンジンの向きを傾け、飛行中のロケットの姿勢を制御することが可能でした。エンジンの物理的な仕様として、全高は約1.44メートル、最大幅は約2.2メートル、そして乾燥重量は約236キログラムでした。

YF-73の開発と運用は、中国が将来的に大推力の液体水素・液体酸素エンジンを開発し、より高度な宇宙ミッションを実現するための貴重な経験となりました。後継のYF-75エンジンをはじめとする中国の極低温エンジン技術の発展に大きく貢献した、歴史的に重要なエンジンと言えます。

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