カベアナタカラダニ

カベアナタカラダニ (Balaustium murorum)

概要

カベアナタカラダニ（学名：Balaustium murorum）は、汎ケダニ目タカラダニ科アナタカラダニ属に分類されるダニの一種です。鮮やかな赤い体色が特徴で、主に北半球のユーラシア大陸を中心に広く分布しています。花粉を主食とする花粉食性のダニとして知られ、特にコンクリート壁などで見かけることが多い種類です。

形態

成虫は約1ミリメートルの体長、約0.66ミリメートルの幅を持ち、幼虫はより小型です。成虫と第二若虫は全身が目立つ赤色をしています。胴体の背面には白い剛毛が密生することもあり、成虫の方が毛深い傾向が見られます。

胴体前方左右には1対の赤い単眼を持ち、その後方にある「ウルヌラ」と呼ばれる分泌器官の開口部が和名の「アナタカラダニ」の由来となっています。口器である顎体部の鋏角は短剣状で、胴体内部に格納できます。触肢は比較的発達しています。4対の脚を持ち、各肢節に剛毛があり、先端には爪間盤と1対の鉤爪があります。

分布と分類

本種は旧北区の日本からヨーロッパ、北アフリカまで、ユーラシア大陸を中心に広く分布しています。日本国内でも北海道から沖縄まで全域に生息しています。人為的な移動による分布拡大の可能性が指摘されてきましたが、分子系統解析の結果は、日本の個体群が単純な移入種であるという見解に否定的な見方を示しています。

日本個体群の分子系統解析からは、現在カベアナタカラダニとされているダニの中に、遺伝的に異なる少なくとも3種の未記載種（隠蔽種）が含まれている可能性が示唆されています。過去には、主に浜辺に生息する別のタカラダニ種群と混同されたこともあります。

分類学的にはタカラダニ科アナタカラダニ亜科に属し、アナタカラダニ属の模式種です。1804年に記載されて以来、分類上の位置づけが変遷し、現在の学名に落ち着きました。最初の模式標本は紛失しており、後に新基準標本が指定されています。

生態

タカラダニ科の和名は、多くが幼虫期に昆虫に寄生する姿に由来しますが、カベアナタカラダニは同属種と同様、全ての成長段階で自由生活を送り、他の生物には寄生しません。雑食性で、主に花粉を餌としますが、トビムシやアブラムシなども捕食します。

体の赤色はカロテノイドによるもので、特に豊富なアスタキサンチンは、高い温度や太陽紫外線に耐える助けになっていると考えられています。日当たりの良い場所を好み、自然では岩石の割れ目などに生息しますが、45℃に耐える高温耐性から、コンクリート壁などの人工環境にもよく適応しています。コンクリート表面に多いのは、コケや地衣類の存在、豊富な花粉、高温による天敵の少なさなどが理由として推測されています。

赤い体色は人目を引きますが、主な天敵である捕食性昆虫は赤色を識別しにくいため、防御効果もあるとされます。危険を感じると、ウルヌラから警戒フェロモンや防御アロモンを含む液体を噴出します。

繁殖は単為生殖と考えられ、雌性個体のみが存在します。年に一度、梅雨頃にコンクリート壁の隙間などに産卵し、卵の状態で夏から冬を越して休眠します。卵は光沢のある赤褐色の楕円体です。日本では1970～80年代以降、ビル増加に伴い目撃が増え、関東地方では4月下旬から5月中下旬に成虫が大量発生します。

人間との関わり

素早い動きと鮮やかな赤色、そして大量発生時に物を汚すことから、1980年頃より不快害虫として扱われています。ただし、人を刺すことはなく、触れるだけでは症状は出ません。しかし、潰した際の体液が皮膚に長時間触れると皮疹を引き起こす可能性があります。これまでに数例の皮疹報告があります。

その見た目から敬遠されがちですが、独特な生態や分類学的な背景を持つ興味深いダニです。

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