カルロス4世の家族

『カルロス4世の家族』：ゴヤが描いたスペイン王室の肖像

フランシスコ・デ・ゴヤの代表作の一つである『カルロス4世の家族』は、1800年から1801年にかけて制作された集団肖像画です。この作品は、マドリードのプラド美術館に所蔵されており、ゴヤの卓越した技術と、当時の社会情勢を反映した複雑な解釈を可能にする作品として、美術史において重要な位置を占めています。

制作の背景

1789年、ゴヤはカルロス4世の宮廷画家となり、それ以降、国王の肖像画を数多く制作しました。しかし、それまでは常に国王を単独で描いており、家族全員を描いた作品はありませんでした。1800年春、王室からの依頼により、ゴヤは王室一家の集団肖像画を制作することになります。王妃マリア・ルイサからの書簡によると、制作過程は段階的に進められ、王族一人ひとりの肖像画を別々に描くことで、全員が一緒にポーズをとる負担を避けたとされています。

ゴヤはまず、王室メンバーの自然な姿を捉えるための習作に取り組みました。プラド美術館には、署名入りの5点の習作が所蔵されており、そこでは、人物の基本的な形と表情が、赤みを帯びた下塗りと同じ色調で描かれています。最終的な作品では、画面の比率が調整され、陰影が加えられました。1801年12月、ゴヤは作品を完成させ、国王に披露しました。

作品の特徴

『カルロス4世の家族』は、ゴヤが描いた多数の肖像画を集約的にまとめたものであり、その複雑な構成は、過去の集団肖像画、例えばルイ＝ミシェル・ヴァン・ローの『フェリペ5世の家族』や、ディエゴ・ベラスケスの『ラス・メニーナス』に影響を受けています。ゴヤは、光の描き方や人物の性格描写において、優れた技量を発揮しており、それらを強調するために空間をあまり意識させず、人物描写における画家の分析力を示しています。

この作品は、王室一家をフリーズのように配置し、豪華な衣装と宝石で飾られた姿で描いています。男性たちは勲章を身につけ、女性たちは勲章の綬章を着用しています。ゴヤは細部にまでこだわり、王室の人々を尊厳ある姿に描き、国王の優しく穏やかな性格を強調しています。

作品の解釈：風刺か追従か

ゴヤの肖像画は、同時代の他の画家たちの作品と比較すると、非常に好意的に描かれているように見えます。しかし、過去には、この作品にゴヤの君主制批判を見て、描かれた人物のブルジョア的な側面を指摘する論もありました。ピエール＝オーギュスト・ルノワールは、この絵を見た際、王や王妃の姿を辛辣に評したとされ、フランスの作家テオフィル・ゴーティエも、この絵を「富籤に当たったばかりの角のパン屋と彼の妻」と評したとされています。こうした見解から、ゴヤは作品に風刺の意図を込めたと考える人々もいました。

しかし、美術評論家のロバート・ヒューズは、そのような考えを否定しています。彼は、公式の宮廷画家が風刺を込めて描くことはあり得ず、この作品はむしろ追従の類であると主張しています。例えば、後のフェルナンド7世は、スペイン史上最も醜悪な人物の一人とされるにも関わらず、ゴヤは彼を立派な姿で描いています。また、ゴヤは物語的な構造を作品から排除しており、この作品は単に絵画のためにポーズをとる人々を描いたものに過ぎない、と指摘しています。

『ラス・メニーナス』との比較

ゴヤは、自らの姿を、裏側しか見えないカンバスに向かう姿で描いており、ベラスケスの『ラス・メニーナス』を意識した構図となっています。しかし、ベラスケスの作品にある宮殿内部の雰囲気のある暖かい構図とは異なり、ゴヤは、王室の家族を「公衆に向かった舞台上」に配置し、画家自身を陰に隠して描いています。これは、画家が「連中を見て、自分で判断しなさい」と言っているかのようにも解釈できます。

また、ゴヤは、空間を縮約し、ベラスケスの作品に見られたバロック的な要素を排除しています。しかし、画家が自画像を描いたのは、『ラス・メニーナス』への敬意を示すものだと考えられています。鏡は、鑑賞者が占める場所に置かれており、そこに王室の人々が映っているはずなのです。

当時の社会情勢

作品が制作された頃は、フランス革命の勃発から10年ほど経過しており、スペインも革命後の影響や、ナポレオンによる侵入に直面していました。カルロス4世の王室は崩壊し、後には、作品制作の時点で皇太子であったフェルナンド7世が、「スペイン史上最悪の王」と呼ばれるようになるなど、ゴヤは一族の未来をも描いていたという見方も生まれています。

描かれた人物

この作品には、14人の人物が描かれています。左から順に、カルロス・マリア・イシドロ、後のフェルナンド7世、マリア・ホセファ、マリア・アントニア・デ・ナポレス、マリア・イサベル、マリア・ルイサ、フランシスコ・デ・パウラ、カルロス4世、ドン・アントニオ・パスクアル、カルロータ・ホアキーナ、ドン・ルイス・デ・パルマ、カルロス・ルイス、パルマ公妃マリア・ルイサとなっています。また、背景には、ゴヤ自身も描かれています。

分析

この絵では、王妃マリア・ルイサが中心に描かれており、彼女が王朝の繁栄を象徴する存在であることが示唆されています。また、将来のアストゥリアス公妃を描くことで、子孫の繁栄も示されています。ゴヤは、人物をフリーズ状に配置し、豪華な衣装と装飾品を描くことで、王室の威厳を表現しています。

ゴヤの筆遣いは際立っており、印象派の先駆とも言えるほどの技巧を用いて、衣服や宝石の質感を表現しています。しかし、この作品には、臣下など、王室の権力を象徴するものは描かれていません。また、ヴァン・ローが用いたような、お決まりのカーテンも描かれていません。描かれた仕草は、彼らの親密で家族的な振る舞いを強調しており、王女イザベルが赤ん坊を抱いている姿は授乳を連想させ、ドン・カルロスが兄フェルナンドを抱きしめる姿は、ある種の怯えと恐怖を示しています。また、カルロス・マリア・イシドロのイメージは、習作の段階とは異なり、より散漫で、顔は凍りついており、兄フェルナンドの陰にいるように見えます。

ゴヤは、王室の家族が強い絆で結ばれていることを示唆すると同時に、彼らの未来が不確かなものであったことも暗示しているのかもしれません。この作品は、ゴヤの卓越した技術と、当時の社会情勢を反映した複雑な解釈を可能にする作品として、美術史において重要な位置を占めています。

先行作品の影響

スペインでは、集団肖像画はそれほど制作されていませんでした。宗教画の分野では、作品制作に資金を提供した人々を描き入れる前例はありましたが、王室の肖像画として考えることができる唯一の前例は、ベラスケスの『ラス・メニーナス』でした。ヴァン・ローの『フェリペ5世の家族』は、スペインのボルボン朝宮廷における集団肖像画の手本となりましたが、ゴヤは、これらの作品とは異なり、より人間的な方法で国王を描きました。

ゴヤは、過去にも『ドン・ルイス・デ・ボルボーン親王の家族』で、集団肖像画に自画像を描き入れており、これは『ラス・メニーナス』を意識したものでした。しかし、『カルロス4世の家族』では、より『ラス・メニーナス』に近い手法を採用しています。ゴヤは、ベラスケスに近づいたと感じていたのかもしれませんが、ここでも、謙虚に距離を置く手法を心得ています。

まとめ

『カルロス4世の家族』は、ゴヤの卓越した技術と、当時の社会情勢を反映した複雑な解釈を可能にする作品です。王室の威厳と家族の絆を描きながらも、そこに潜む不安や風刺的な要素を読み取ることができます。この作品は、ゴヤの芸術性を示すだけでなく、当時のスペイン社会を理解するための重要な資料ともなっています。

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