テオフィル・ゴーティエ

テオフィル・ゴーティエ（Pierre Jules Théophile Gautier, 1811年8月30日 - 1872年10月23日）は、フランスの詩人、小説家、劇作家であり、文芸批評、絵画評論、旅行記など、多岐にわたる分野で才能を発揮しました。日本では「ゴーチエ」とも表記されます。

生涯

ゴーティエは、フランス南西部のタルブで生まれましたが、幼少期にパリに移り住み、そこで成長しました。当初は画家を志していましたが、文学への関心を深め、やがて詩作に励むようになります。中学時代には、先輩のジェラール・ド・ネルヴァルの影響を受け、文学の世界に足を踏み入れました。ネルヴァルの紹介でヴィクトル・ユーゴーと出会い、ロマン派の詩人として活動を開始します。

1830年の「エルナニ合戦」では、ロマン派の先頭に立って活動し、当時のロマン主義運動の中心人物となりました。E.T.A.ホフマンの影響を受け、愛と死をテーマにした幻想的な作品を多く執筆しました。しかし、ロマン主義的な感情の過剰な表出に反発し、没個性的で客観的な描写へと作風を変化させます。

ゴーティエは、個人的な感情を冷静な外界描写に昇華させることでロマン主義から脱却。当時の政府による出版物への弾圧にも抵抗し、小説「モーパン嬢」の序文でロマン主義の社会有用説を批判しました。

画家を目指していた頃の経験から、彼は感情の美よりも外形の美に心を惹かれ、「芸術のための芸術」を主張しました。形態、色彩、光沢といった美を追求し、画家が絵筆で表現する美を、詩人としてペンで表現しようとしました。この思想は、後の高踏派と呼ばれる芸術運動の形成に繋がります。

また、ゴーティエはロマンティック・バレエの台本も執筆しており、カルロッタ・グリジが主演したバレエ『ジゼル』は特に有名です。グリジはゴーティエが最も愛した女性でしたが、彼女は彼の愛を受け入れず、彼はグリジの妹エルネスティーヌと結婚し、二人の娘をもうけました。娘のジュディット・ゴーティエも作家として活躍しました。

ゴーティエは明るく楽天的な性格であった一方で、非常に迷信深い一面も持っていました。晩年の作品である『アヴァタール』、『邪眼』、『精霊』などには、その傾向が顕著に表れており、スウェーデンボルグの思想の影響も見られます。

1863年には、若き日に執筆した『キャピテン・フラカス』が大きな成功を収めました。1865年には、マティルド・ボナパルトのサロンに招かれたことをきっかけに、ナポレオン3世の宮廷との関係を深めました。

シャルル・ボードレールの詩集『悪の華』には、「十全無瑕の詩人にして完璧なるフランス文学の魔術師テオフィル・ゴーチエ氏に」という献辞が捧げられています。ゴーティエ自身も、ボードレールの死後に追悼文と作家論を執筆し、新版『悪の華』の序文として収録されています。また、若き日のラフカディオ・ハーンもゴーティエの作品を愛読し、英訳を行っています。

ゴーティエは1872年、長年患っていた心臓病のためパリで亡くなり、モンマルトル墓地に埋葬されました。

語録

「これじゃフィラデルフィアだ、パリじゃない」

これは、1860年代にジョルジュ・オスマン知事がパリの都市計画を実行し、古いパリの街並みを破壊したことに対するゴーティエの批判です。

詩による音楽作品

ゴーティエの詩には、エルネスト・ショーソン、アンリ・デュパルク、ガブリエル・フォーレなど、多くの作曲家が曲を付けています。特に、エクトル・ベルリオーズの「夏の夜」がよく知られています。

主な著書

『コーヒー沸かし』（La Cafetière, 1831）
『アルベルトゥス』（Albertus, 1831）
『オニュフリウス』（Onuphrius, 1832）
『ナイチンゲールの巣』（Le Nid de rossignols, 1833）
『若きフランスたち』（Les Jeunes-France, 1833）
『オムパレー』（Omphale, 1834）
『モーパン嬢』（Mademoiselle de Maupin, 1835）
『死霊の恋』（La Morte amoureuse, 1836）
『金の鎖またはもやいの恋人』（La Chaîne d'or, ou l'Amant partagé, 1837）
『或る夜のクレオパトラ』（Une nuit de Cléopâtre, 1838）
『阿片パイプ』（La Pipe d'opium, 1838）
『金羊毛』（La Toison d'or, 1839）
『ミイラの足』（Le Pied de momie, 1840）
『二重の騎士』（Le Chevalier double, 1840）
『ふたり一役』（Deux acteurs pour un rôle, 1841）
『ジゼル』（Giselle, 1841）- バレエ台本
『千二夜物語』（La Mille et Deuxième Nuit, 1842）
『スペイン紀行』（Un Voyage en Espagne, 1843）
『夜の訪問者』（Une visite nocturne, 1843）
『カンダウレス王』（Le Roi Candaule, 1844）
『ハシッシュ吸飲者倶楽部』（Le Club des hachichins, 1846）
『パンの靴をはいた子供』（L'Enfant aux souliers de pain, 1849）
『サバチエ夫人への手紙』（Lettre à la Présidente, 1850）
『七宝とカメオ』（Émaux et Camées, 1852）（詩集）
『アッリヤ・マルケッラ』（Arria Marcella, 1852）
『アヴァタール』（Avatar, 1857）
『ミイラ物語』（Le Roman de la Momie, 1858）
『ロシア紀行』（Voyage en Russie, 1867）
『キャピテン・フラカス』（Le Capitaine Fracasse, 1863）
『スピリット』（Spirite, 1866）
* 『ロマンチスムの誕生』（Histoire du Romantisme, 1874）（評論）


ゴーティエは、その多彩な才能と独特の美意識で、19世紀フランス文学と芸術に大きな足跡を残しました。

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