クロワッサン症候群

クロワッサン症候群

クロワッサン症候群（クロワッサンしょうこうぐん）とは、自らの選択として結婚を拒否し、適齢期を超えてもその生活を続ける中年女性が感じる焦りや絶望、そして自信喪失を指す心理的な状態を表現する言葉です。この言葉の由来は、1988年に刊行された松原惇子の書籍『クロワッサン症候群』にあります。

背景

バブル経済期

1980年代、日本はバブル経済期に突入し、この時期に男女雇用機会均等法が実施され、女性たちは男性と平等に働く自由を手に入れました。この背景のもと、結婚や子育てに費やすコストを避けて独身生活を選択する女性が増え、彼女たちは自分の時間や経済的資源を多様な活動、たとえばファッション、グルメ、海外旅行、結婚を前提としない恋愛などに充てることができる新しい生き方を模索しました。彼女たちは、従属的な母親世代の生き方に抵抗し、結婚そのものを拒絶する姿勢を強固にしていきました。

このような社会的背景の中、雑誌『クロワッサン』は、自由で前衛的なシングルライフを提案し、志を同じくする独身女性にとってのバイブルとなりました。惜しむらくは、実際に自立したシングルライフを送る女性はごく一部であったにもかかわらず、雑誌は「誰もが実現できる」と美化した内容を広めました。

バブル崩壊後

しかし、バブル崩壊後の経済低迷は、雇用環境に深刻な変化をもたらし、女性たちが自由に選べるはずの環境が悪化しました。雇用条件は不安定になり、年金制度への信頼も揺らぎ、安定した単独生活の維持が難しくなっていきました。特に、転職などの機会が女性にとってキャリアアップにつながらず、むしろ雇用の不安を深める要因となってしまいました。

また、政府の支援策も、将来の労働力としての家庭を支援する方向にシフトしていきました。このように、時代の変遷によって、独身女性たちが描く理想的な生活像は徐々に崩れていくことになりました。

新しい生き方とその終焉

クロワッサンの著名人たち

雑誌「クロワッサン」では、犬養智子や桐島洋子、澤地久枝などの文化人が自らのライフスタイルを紹介し、特に桐島洋子の生き様は、多くの女性にアピールしました。彼女は外国人恋人との間に子供を持ちながらも、自立したシングルマザーとしての生活を送っていました。一方で、彼女が後に年下の資産家との結婚を選んだことは、多くの読者にとって予想外であり、裏切りと受け止められたのです。

雑誌の内容は、女性たちの生活を一つの物語として再構成し、現実の一部だけを切り取ることで、読者に希望を持たせていました。しかし、その影響を受けた多くの読者が結婚適齢期を過ぎてしまったことに気づいてからは、孤独と絶望感を抱くようになりました。群ようこは、自身のエッセイでこの状況を「展望台の2階に上がったら、誰もいなくなっていて、階段もなくなっていた」と表現し、その孤独感を訴えました。

編集方針の変化

雑誌「クロワッサン」の編集方針も変化し、想定する読者層が独身の女性からヤングミセスへとシフトしました。特集は、仕事と結婚生活、さらに子育てをスタイリッシュに両立させる女性たちを取り上げるようになり、独身女性たちが期待していた生活像とのギャップが広がりました。もはや彼女たちが生涯にわたって理想としたライフスタイルのモデルは築かれなくなり、失望感、孤独感、そして怒りが渦巻く状況となったのです。

まとめ

クロワッサン症候群は、時代の変化とともに生まれた特有の心理的現象を描いています。結婚や出産を選ばないことで得た自由が、逆に焦りや孤独感を生むという矛盾を抱えた女性たちの姿を通じて、変貌する日本社会を映し出すものとなっています。

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