ケチャ

ケチャ：バリ島の魅惑的な男声合唱と舞踏劇

ケチャとは、インドネシアのバリ島で生まれた独特の男声合唱と舞踏劇を融合させた伝統芸能です。バリ語では「k」の発音が弱いため、現地では「チャ」と呼ばれています。数百人の男性が円陣を組んで奏でる、神秘的で力強い響きは、多くの観光客を魅了しています。

ケチャの歴史：サンヒャンから現代劇へ

ケチャの起源は、バリ島の伝統的な呪術的な踊りであるサンヒャンに遡ります。サンヒャンは、疫病が流行した際に、初潮前の少女を媒体として祖先の霊を呼び、加護と助言を求める儀式でした。現代のケチャは、このサンヒャンを基に発展し、『ラーマーヤナ』などの物語を題材とした舞踏劇として芸能化されました。

この芸能化において大きな役割を果たしたのが、1920年代後半からバリ島ウブド村で活動したドイツ人画家ヴァルター・シュピースです。シュピースは、地元の芸術家と協力し、サンヒャン・ドゥダリの男声合唱に舞踊を取り入れることで、ケチャの新たなスタイルを確立しました。ガムランなどの楽器を用いず、男声合唱のみで『ラーマーヤナ』を表現する、観賞用の舞踊劇の考案を提案したのです。

1933年、シュピースの提案を受け、プドゥル村とボナ村の人々が合同で、最初のケチャを上演。その後、ボナ村の人々によってさらに発展させられ、現在の原型が形成されました。1950～60年代には観光客向けの公演として確立され、1966年にはプリアタン村で盛んに上演されるようになりました。

ケチャの世界への広がり

ケチャはバリ島にとどまらず、世界中に広がりを見せています。日本では、民族音楽研究者の小泉文夫氏がその複雑なリズムを世界で初めて採譜し、芸能山城組による上演が実現しました。芸能山城組は1972年にバリ人以外で初めてケチャを上演し、以来、新宿三井ビル55ひろばで毎年「ケチャまつり」を開催しています。

ケチャの様式：円陣と力強いリズム

ケチャの上演では、数十名から百名を超える男性が、上半身裸で腰布を巻いた姿で、円陣を組んで座ります。その力強い合唱は、複雑なリズムと独特の発声法が特徴です。

ケチャのリズムとパート

ケチャの合唱は、打楽器の役割を口三味線のような発声で担う独特のスタイルです。

タンブール: 四拍子を刻む基本リズムのパート。
プポ: メロディーを歌うパート。
* プニャチャ、チャク・リマ、チャク・ナム、プニャンロット: 「チャッ」という発声でリズムを刻む4つのパート。それぞれ、四拍子の中に「チャ」を7回、5回、6回入れる、またはチャク・ナムを16分音符ずらして刻むなど、異なるリズムパターンを持ちます。

これらのパートが重なり合うことで、「ケチャケチャケチャケチャ」という独特の16ビートのリズムが生まれます。このリズムがケチャという名称の由来ともいわれています。

ケチャの進行：舞踊と合唱の融合

ケチャでは、『ラーマーヤナ』などの物語に基づいた舞踊が、円陣の中央で行われます。合唱は、物語の進行に合わせて変化し、男性たちは歌いながら、手や体の動きで劇の背景や雰囲気を表現します。

ケチャの多様性

ケチャは、上演団体によって出演人数や技術レベルに差があります。各地の舞踏団によって独自の表現が加えられ、多様なケチャが楽しまれています。

まとめ

ケチャは、呪術的な起源を持つサンヒャンから発展し、シュピースらの尽力によって現代の観光向け公演として確立された、バリ島の伝統芸能です。力強い男声合唱とダイナミックな舞踊劇は、観る者を魅了し、世界中の人々を惹きつけてやみません。その独特の文化に触れることで、バリ島の豊かな伝統と芸術性を深く知ることができるでしょう。

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