スタア

短編小説『スタア』の概要

三島由紀夫による短編小説『スタア』は、映画界での若手俳優が抱える複雑な自意識や、名声の裏側に潜む虚像と実像の交錯を描いています。主人公の水野豊は、20代で人気の絶頂にある映画俳優で、彼の周囲には熱狂的なファンが群れ、彼自体もその期待や欲望に翻弄されています。この作品は、三島が自身の映画出演経験を踏まえており、俳優としての視点から、スターという存在の「仮面」をどう捉えるかが重要なテーマとなっています。

発表経過

『スタア』は1960年11月に雑誌『群像』に初掲載され、翌1961年に新潮社から単行本として刊行されました。その中には、他に『憂国』や『百万円煎餅』も収められています。また、英語にも翻訳され、日米友好基金日本文学翻訳賞を受賞しています。

あらすじ

物語は、一人称の視点で描かれ、若手俳優の「僕」こと水野豊の内面的葛藤が中心です。彼は、自らがファンに崇拝される存在であることを認識している一方で、その生活が現実と乖離していることにも気づいています。ロケ現場には、ファンが集まり、彼を真似た装いを見せる人々がいますが、水野は次第に疲弊し、自己への疑問を持つようになります。そんな中、彼の付き人である太田加代との複雑な関係性が浮かび上がります。

水野は、現在の役作りの一環として演じるヤクザ映画の中で、深井ネリ子という美女に恋をするものの、その恋愛は成就しません。ネリ子は内心で彼を愛しているものの、彼女にはヤクザ嫌いという背景があるため、関係はぎこちないまま進行します。

物語は、撮影中に突如乱入してくる大部屋女優・浅野ユリの登場をきっかけに展開します。彼女は精神的な不安定さから演技に失敗し、自ら命を絶とうと試みる瞬間が描かれることで、映画界の裏側の厳しさと脆さが浮き彫りになります。この事件は、水野にとっても大きな影響を及ぼし、彼は彼女のように「見られること」の恐怖を意識するようになります。

その後、彼は復讐劇を描いた映画の撮影に没頭し、ネリ子との恋が大きな転機を迎えることになりますが、仇敵からの復讐が果たされた後、急速に方向性を見失ってしまいます。最後には、道を踏み外した自分を俳優としてどのように取り戻すか、悩み苦しむ姿が描かれます。

登場人物

• - 水野豊: 本作の主人公で人気映画俳優。自意識に悩みながらもファンに愛される存在を演じ続ける。
• - 太田加代: 水野の付き人であり、彼の秘密の相棒でもある。彼女との関係は非常に複雑。
• - 深井ネリ子: 水野が恋をするヤクザ映画のヒロイン。彼女は水野の兄の妹として、様々な葛藤を抱えている。
• - 浅野ユリ: 大部屋女優であり、出演途中での精神的な崩壊が物語の重要な局面となる。

作品の背景、評価と分析

『スタア』は、三島が映画界での自身の経験を反映させた作品で、スターシステムの強さ、マスメディアの影響を受けた時代背景が色濃く表れています。この短編小説は、単なるフィクションに留まらず、三島自身の自己探求や存在意義についての深い考察が織り込まれています。彼が抱える「仮面」としてのスター像、その裏にある孤独や絶望感は、彼自身の人生観や価値観が如実に表れました。作品内での映画撮影の手法やテーマは、後の三島文学にも影響を及ぼしており、特に「中抜き」という手法が示す存在の二重性は、彼の作品の重要な要素となっています。

日本文学におけるこの作品の意義は、単なるエンターテイメントを超えて、個人の内面や社会との関係性を描くことにあります。『スタア』は、時代を超えた普遍的なテーマを持ちながら、三島由紀夫という作家の成長と探求を示しています。

もう一度検索