テストール

テスストール（古希: Θέστωρ, Thestōr）は、古代ギリシャ神話において複数確認される人名である。長母音を省略してテストルと表記されることもある。この名を持つ人物の中で、特に知られているのは、有名な予言者カルカースの父であるテストールと、トロイア戦争の際にパトロクロスによって討たれたエーノプスの子テストールである。

カルカースの父テストール

このテストールは、予言者イドモーンの子、あるいは光明神アポローンを父に持つとされる。彼は自身も予言者としての能力を持ち、息子カルカース、そして娘レウキッペーとテオノエーをもうけた。息子カルカースも父の後を継いで優れた予言者となり、トロイア戦争においてはギリシャ軍の指導者の一人として重要な役割を果たした。

ヒュギーヌスの伝える伝承によると、このテストールには劇的な家族の物語がある。彼の娘の一人テオノエーは、ある時海賊に捕らえられ、遠く離れたカーリアの王イーカロスに妾として売り飛ばされてしまった。テスストールは愛する娘を探し求めて船旅に出るが、その途上で船が難破するという不幸に見舞われる。かろうじてカーリアの地に漂着したものの、彼は身分を失い、奴隷として売られてしまう。

一方、故郷に残されたもう一人の娘レウキッペーは、行方不明となった父と姉の消息を知ろうと、デルポイの神託に伺いを立てた。神託は彼女に、髪を剃って男装し、アポローンの神官として各地を遍歴せよと命じる。レウキッペーはその通りにし、諸国を巡るうちに、図らずも父と姉が辿り着いたカーリアの地へやってくる。そこで彼女は姉テオノエーと再会するが、互いにその正体に気づかない。テオノエーは男装したレウキッペーに惹かれ、恋心を抱く。しかし、レウキッペーは相手が女性であること、そして何よりもそれが自身の姉であることに気づかずに、その求愛を拒絶する。

自らの恋が拒まれたことに怒ったテオノエーは、レウキッペーを部屋に閉じ込め、一人の老いた奴隷を呼び出して、この者を剣で殺害せよと命じる。ところが、その老奴隷こそ、他ならぬ父テストールであった。テストールは、娘テオノエーに命じられた殺人が、自分にとって生涯の汚点となるであろうと嘆き、自らがどのような経緯で奴隷となったかを語り始める。その言葉を聞いたレウキッペーは、目の前の老奴隷が失踪した父であることに気づき、涙ながらにその身に抱きついた。そして、この一部始終を見ていたテオノエーもまた、長年行方知れずであった父と妹が目の前にいることに気づき、三人は感動的な再会を果たした。事の次第を知ったカーリア王イーカロスは、テストールを丁重に扱い、彼を故郷へと送り届けたという。

エーノプスの子テストール

もう一人の著名なテストールは、エーノプスとサトニオエイス川のニュムペーとの間に生まれた息子である。彼にはサトニオスという兄弟がいた。このテストールもトロイア戦争に参加したギリシャの戦士の一人であったが、戦況がギリシャ軍にとって不利に進む中、親友アキレウスの鎧を身にまとって奮戦したパトロクロスによって討ち取られた。

その他のテストール

上記の二人の他にも、テストールという名は神話に見られることがある。例えば、トロイア戦争で大アイアースに討たれたトロイアの戦士にもテストールという名が見られる。また、トロイア戦争で命を落としたギリシャの兵士アルクマーンの父もテストールという名で記録されている。

このように、ギリシャ神話においては、複数の人物が同じ名を持つことが珍しくなく、テストールもまた、予言者の家系、戦場の英雄、あるいはその他の脇役として、複数の存在に与えられた名前であった。

もう一度検索