ペーパーレス

ペーパーレスとは

ペーパーレス、またはペーパーレス化とは、従来、紙に印刷・記録されていた情報を電子的なデータとして生成し、それを活用・保存する概念および取り組みです。より広い意味では、本や雑誌を電子書籍として読んだり、切符の代わりにICカードを利用したりすることも含まれます。

この動きは、様々な利点をもたらすと期待されています。具体的には、紙の購入費や印刷コストの削減、情報へのアクセスや共有が容易になることによる業務の効率化、物理的な文書保管スペースが不要になることによる空間の有効活用などが挙げられます。また、電子データはアクセス権限の設定などによってセキュリティを強化しやすく、紙の使用を減らすことは森林資源の保護や廃棄物の削減に繋がり、環境負荷の軽減にも貢献すると考えられています。

歴史的背景と普及の変遷

「ペーパーレスオフィス」という言葉は、1960年代にビデオディスプレイを備えたコンピューター端末が登場した頃から、未来の理想的なオフィス像として語られるようになりました。1970年代には、オフィスの自動化が進めば記録管理や会計業務などで紙が不要になるという予測が専門誌に掲載され、パーソナルコンピューターの普及とともに注目を集めましたが、その予測通りに紙が完全になくなることはありませんでした。

日本における展開

日本でも1970年代、企業へのPC導入が始まった時期に、OA機器メーカーがペーパーレスを提唱しましたが、当時は技術や社会環境が未発達で、広く受け入れられるには至りませんでした。

1990年代半ばになると、PCのさらなる普及と社内ネットワークの構築が進み、オフィスの大量の紙消費がコストや環境面から問題視されるようになります。再生紙の利用と並行してペーパーレス化の必要性が叫ばれましたが、スキャナーやストレージが高価で、ネットワークインフラも未熟だったこと、そして既存の制度との整合性などの課題があり、普及は限定的でした。

政府はペーパーレス化を後押しするため、法制度の整備を進めました。1998年には電子帳簿保存法が、2004年と2005年にはe-文書法が制定され、法律で保存が義務付けられている特定の文書について、紙だけでなく電子的な形態での保存が正式に認められるようになりました。国会でも紙の削減に向けた取り組みが進められ、2019年と2022年の規則改正により、質問主意書や議事録などの議員への紙媒体での配布が廃止され、年間約1億4300万円の経費削減効果が見込まれています。

教育分野では、文部科学省が進めるGIGAスクール構想により、デジタル教科書の導入や児童生徒一人一台の学習用端末環境の整備が進められています。

こうした取り組みもあり、国内の「印刷・情報用紙」の内需量は減少傾向にあります。1990年の年間約924万トンから2005年には約1199万トンまで増加しましたが、2022年には約611万トンまで減っています。

近年では、デジタルトランスフォーメーション（DX）の推進や、新型コロナウイルス感染症の流行を機に進んだテレワークの普及が、ペーパーレス化や電子化の動きをさらに加速させています。行政手続きの「脱ハンコ」に向けた法改正や、デジタル庁の発足なども、この流れを象徴する動きです。

海外の状況

海外でもペーパーレス化への試みは様々に行われてきました。米国では1980年代に「The Paperless Office」という言葉が商標登録されようとした歴史があります。法的には、1999年と2000年に電子署名や電子記録の法的効力を認める法律が整備され、電子的な商取引を後押ししました。

一方で、一時的に紙の使用量が増加した時期もありました。世界のオフィス用紙使用量は1980年から2000年の間に倍増したという推計もあり、これはワープロソフトなどによる文書作成の容易化や、電子メールの普及に伴う大量印刷などが要因と考えられています。2014年には、米国企業における紙の生産量が年間25%増加しているという指摘もありました。2024年の米国環境保護庁の推計では、アメリカの一人当たり年間紙使用量が約700ポンドと世界で最も多く、過去20年間で米国の紙製品使用量が126%増加したとされています。

しかし、近年はクラウドサービス（例: Dropbox）やコミュニケーションツール（例: Slack）の普及により、紙を使わない情報共有や管理が浸透し、米国の一人当たり紙使用量は2010年の約240kgから2016年の約209kgへと減少傾向も見られます。電子レシートについても、米国では2014年には主要な小売店で導入されるなど、日本よりも早く普及が進んだ例もあります。

国家レベルで最も電子化が進んだ事例の一つに、バルト三国のエストニアがあります。2002年に電子IDカード（eID）が発行され、15歳以上の国民に義務付けられました。これにより、結婚・離婚や不動産売却など一部の手続きを除き、行政サービスのほぼ全てが電子認証・電子署名のみで完結します。これらは「X-Road」という高度なシステムを通じて行われ、医療や社会保障などの公的情報も集約されています。政府文書の99%が電子化され、世界で初めて国政選挙にインターネット投票を導入した国でもあります。民間のサービス（交通、銀行、医療、旅券など）も電子化されており、電子IDは企業間の取引でも有効です。

ペーパーレス化に伴う論点

環境への影響

ペーパーレス化は紙の消費を減らすことで環境に良いとされますが、紙と電子機器の両方の環境負荷を考慮する必要があります。紙製品の製造においても環境改善の努力は行われており、米国の紙・木材製品産業では2005年から2020年の間に温室効果ガス排出量が24.1%減少したという報告があります。しかし、依然として製紙産業はエネルギー消費が大きく、都市廃棄物の多くを占めるなど、環境負荷は無視できません。

一方、ペーパーレスな環境にはコンピューターやサーバーなどのITインフラが必須です。これらの電子機器の製造過程では、有害物質の使用や貴金属の採掘、大量のプラスチック生産など、環境負荷の高いプロセスが含まれます。また、デジタルデータを扱うデータセンターは大量の電力を消費します。そのため、ペーパーレス化は「紙の環境負荷」を「電子機器・ITインフラの環境負荷」に置き換える側面もあり、総合的な環境影響を評価する必要があります。

技術と導入

ペーパーレス化の実現には、情報の発生段階から紙を排除する技術が重要です。例えば、従来の情報カードや名簿をデータベースに、手紙やFAXを電子メールに置き換えるなどです。米国では2000年に電子署名法が制定され、電子的な署名や記録の法的有効性が認められたことが、ビジネスにおけるペーパーレス化を加速させました。既存の紙文書を電子化するには、スキャナーとOCR（光学式文字認識）技術を用いた文書管理システムが活用されます。

セキュリティと文書管理

個人情報保護への関心が高まる中、電子化された文書は適切な管理が求められます。ペーパーレスシステムは、個々の文書へのアクセス履歴を追跡できるなど、物理的な書類よりもセキュリティを強化しやすいという利点があります。関連する法規制も整備が進んでいます。

長期保存（アーカイブ）

電子化された記録を将来にわたって確実に利用できる状態で保存することは、デジタル保存と呼ばれる専門分野の課題です。データの劣化、技術の陳腐化、ファイル形式の変更などに対応し、情報の真正性を維持するための計画的な管理が必要となります。

ペーパーレス化は、単に紙媒体の使用量を減らすだけでなく、技術、法制度、そして私たちの働き方や情報の扱い方そのものに変革を促す、現代社会における重要なテーマの一つです。その一環と言えるでしょう。

もう一度検索