人事院勧告

人事院勧告とは

人事院勧告とは、人事院が国会、内閣、関係大臣等に対して行う、国家公務員の給与や勤務条件の改善、人事行政の改善に関する勧告の総称です。一般的には、給与制度に関する勧告である給与勧告を指すことが多いです。

勧告の概要

人事院は、国家公務員法に基づき、給与や勤務条件の改善に関する勧告を行う権限を持っています。この勧告は、人事院の最も重要な権限の一つとされ、法的な拘束力はないものの、専門的な立場から行われるため、実際には大きな影響力を持っています。特に、人事院勧告は公務員の労働基本権制約の代償措置とみなされており、その影響は非常に強いです。

勧告先は、勧告の種類によって異なり、法律の制定改廃を要する場合は国会や内閣に対して、行政措置で足りる場合は関係大臣等に対して行われます。国会に対する勧告は、人事院の独立性と勧告内容の重要性を示すものです。

「人事院勧告」という呼称は、人事院が行う様々な勧告の総称であり、法律上の用語ではありません。人事院の権限には、「人事行政改善の勧告」や「勤務条件の変更に関する勧告」などがあり、これらの勧告は、給与法や勤務時間法などの関連法に個別に規定されています。また、勧告と類似する権限として「意見の申出」や「提出」といった形式も存在し、「人事院勧告」の範囲は多岐にわたります。

元人事院総裁の浅井清は、これらの勧告や意見の申出、提出は、内容的には同じものであると指摘しつつも、「意見の申出」は受け取る側にとっては勧告ほど強く感じられないとも述べています。

人事院勧告の種類

人事院が行う主な勧告には、以下のようなものがあります。

人事行政改善の勧告（国公法第22条）：人事行政の改善に関し、関係大臣等に勧告を行う。この勧告は内閣に報告される。
法令の制定改廃に関する意見の申出（国公法第23条）：法令の制定改廃に関し、国会及び内閣に意見を申し出る。過去の事例では、ほとんどが立法化されている。
勤務条件の変更に関する勧告（国公法第28条）：給与、勤務時間などの勤務条件に関する基礎事項の変更を勧告する。法律の制定改廃を要する事項が対象。
給与勧告（国公法第28条）：給与水準や制度の改善について、国会及び内閣に勧告する。職員の給与を調査研究し、その結果を「報告」とセットで行う。民間準拠の原則に基づき、民間給与との均衡を図る。
給与に関する法律に定める事項の改定に関する勧告（国公法67条）：給与水準の改定以外で、給与に関する法律に定める事項の改定案を作成し、国会及び内閣に勧告する。
行政措置要求の実行勧告（国公法第88条）：行政措置の要求に対し、人事院が措置の必要性を認めた場合、内閣総理大臣等に実行を勧告する。
補償制度の研究成果の「提出」（国公法第95条）：補償制度の研究成果を国会及び内閣に提出する。
退職年金制度に関する「意見の申出」（国公法第108条）：退職年金制度について調査研究を行い、必要な意見を国会及び内閣に申し出る。
勤務時間、休日及び休暇に関する勧告（勤務時間法第2条）：勤務時間、休日及び休暇に関する制度の改定を国会及び内閣に勧告する。
指定職俸給表の号俸に関する内閣総理大臣への意見の申出（給与法6条の2）：指定職俸給表の適用を受ける職員の号俸について、内閣総理大臣が決定する際に人事院の意見を聴取する。
* 級別定数等に関する内閣総理大臣への意見の申出（給与法8条1項）：各俸給表の級の職員の定員数について、内閣総理大臣が決定する際に人事院の意見を聴取する。

給与勧告の詳細

給与勧告は、国家公務員の給与を社会一般の情勢に適応させるために、毎年行われる重要な勧告です。人事院は、民間給与との比較を行い、その較差に基づいて給与水準の改定を勧告します。この勧告は、給与水準の上下だけでなく、給与制度全般の見直しも含まれます。

給与勧告は、人事院が職員の給与を調査研究し、その結果を「報告」として国会と内閣に提出する際に行われます。この際、給与水準を民間企業の給与に合わせる「民間準拠」の原則が採用されます。

また、寒冷地手当については、別途「国家公務員の寒冷地手当に関する法律」で2種類の勧告が規定されています。一つは、寒冷地手当の支給日などに関する内閣総理大臣への勧告、もう一つは、寒冷地手当に関する法改正が必要な場合に国会及び内閣に行う勧告です。

給与決定の要素

国家公務員の給与を決定する要素として、国公法は「生計費、民間における賃金その他人事院の決定する適当な事情」を挙げています。人事院は、これらの要素を考慮して給与水準を決定します。

特に重要な要素は「民間賃金」です。人事院は、民間給与を把握するために「職種別民間給与実態調査」（民調）と「国家公務員給与等実態調査」を実施しています。これらの調査を通じて、民間と公務員の給与を詳細に比較し、給与改定の基礎としています。

勧告から給与改定までの流れ

給与勧告は、人事院会議で最終決定され、調査結果をまとめた「報告」とともに国会と内閣に提出されます。その後、内閣は勧告内容に基づき、給与関連法改正案を策定し、国会で審議されます。

給与勧告には法的拘束力はないものの、勧告を受けた内閣は、その取扱方針を閣議決定し、法案を国会に提出するのが一般的です。しかし、過去には政府が財政上の理由から勧告内容を一部実施しなかったり、実施を遅らせたりした事例もあります。

日本の賃金決定機構における機能

給与勧告は、国家公務員の給与だけでなく、公務部門全体の給与水準や、一部の民間企業の給与にも影響を与えるため、日本全体の賃金決定機構において重要な機能を持っています。高度経済成長期には、春闘相場の設定にも影響を与えたことがあります。

公務部門では、国家公務員だけでなく、地方公務員や独立行政法人などの職員の給与も、人事院勧告の影響を受けることが多くなっています。また、民間部門でも、私立学校や中小企業などが、給与勧告を参考に賃金改定を行うことがあります。

労働基本権制約の代償措置性

日本の国家公務員は、争議行為が禁止され、団体交渉権も制限されているため、労働基本権が大きく制約されています。このため、人事院勧告は、労働基本権制約の代償措置としての側面を持つとされています。この見解は、公務員の労働基本権制約の正当化や、給与勧告の完全実施要求の根拠として援用されることがあります。

一方で、人事院勧告が労働基本権制約の代償措置ではないとする議論も存在します。歴史的な経緯や制度の目的から、人事院勧告と労働基本権制約を直接結びつけることはできないという見解もあります。

沿革

人事院勧告制度は、戦後の公務員制度改革の中で導入されました。当初は、臨時人事委員会が設立され、その後人事院に改組されました。給与勧告は、民間給与との比較を重視する方向で制度が整備されてきました。

給与勧告の実施状況については、過去には財政状況を理由に、勧告通りの実施が見送られたり、減額されたりしたこともありました。しかし、近年では、給与勧告を尊重する姿勢が強まっています。

まとめ

人事院勧告は、国家公務員の給与や勤務条件を適正に保つための重要な制度であり、その影響は公務員だけでなく、広く社会全体に及んでいます。労働基本権との関連性や、勧告の実施状況など、議論されるべき点も多くありますが、今後も日本の賃金決定機構における重要な役割を担い続けるでしょう。

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