明日の神話

明日の神話：核と再生、そして未来への咆哮

岡本太郎の代表作『明日の神話』は、14トンもの巨大壁画です。1954年の第五福竜丸被爆事件をモチーフに、水爆の閃光と、それを乗り越え再生しようとする人間の力強さを表現しています。太郎の養女で秘書でもあった岡本敏子氏は、この作品を「彼の最大にして最高傑作」と評しました。

1968年から69年にかけて、大阪万博のシンボルタワー『太陽の塔』とほぼ同時期に制作されました。メキシコシティのホテル建設現場で制作された本作は、長らく行方不明でしたが、2003年に発見され、修復を経て2008年、東京都渋谷区の渋谷マークシティ連絡通路に恒久設置されました。アスベスト板にコンクリートを盛り付け、アクリル系塗料で描かれたその重厚な姿は、多くの人の心を捉えてやみません。

原水爆とアヴァンギャルド：太郎の核へのまなざし

『明日の神話』は、太郎が取り組んだ数々の反核作品の一つです。『燃える人』『瞬間』『死の灰』など、第五福竜丸事件を契機に制作された作品群は、核兵器の悲惨さを訴え、反核運動の高まりに呼応していました。『明日の神話』においても、核の閃光が画面を支配し、人間の生死が激しく問いかけられます。しかし、それは単なる悲劇の描写ではありません。骸骨が笑うように描かれているなど、人間の誇り高き怒りと、未来への希望が感じられます。

太郎は、パリで民族学を学んだ経験から、日本の古代文化にも着目しました。縄文土器や骸骨のモチーフは、有史以前からの生命力、そして歴史の重層性を象徴しています。また、太郎は「芸術は大衆のもの」という理念を持ち、公共空間に作品を制作することを目指しました。『明日の神話』と『太陽の塔』は、その到達点と言えるでしょう。ピカソの『ゲルニカ』を彷彿とさせる構図も、この作品が持つ普遍的なテーマを際立たせています。

メキシコでの制作：困難と創造の軌跡

『明日の神話』は、メキシコシティのホテル「オテル・デ・メヒコ」のために制作されました。依頼主は、芸術家のパトロンとして知られるマヌエル・スアレス氏です。太郎は、何度もメキシコに通い、大規模な下絵を制作し、最終的には国際ビルで巨大な壁画を完成させました。制作過程では、複数の大きさの下絵が制作され、現在も美術館に所蔵されています。当初『広島と長崎』という副題がつけられ、完成後、ホテル側に引き渡されましたが、ホテルの完成を待たず行方不明となってしまいました。

行方不明と奇跡の再生：岡本敏子の執念

『明日の神話』は長年行方不明でしたが、2003年にメキシコの資材置き場で発見されました。岡本敏子氏は、この作品を「太郎の最大にして最高傑作」と信じ、その発見と修復に尽力しました。修復作業は、吉村絵美留氏によって行われ、2006年に完了。その後、渋谷駅への設置が決まり、2008年に一般公開されました。

渋谷駅への展示：パブリックアートの頂点

渋谷マークシティ連絡通路への設置は、太郎の「誰でも無償で芸術に触れられるように」という理念を体現しています。この場所は、多くの人の目に触れる公共空間であり、本作が持つメッセージを広く伝えるのに最適な場所と言えるでしょう。多くの市民団体や自治体が誘致運動を展開する中、渋谷区に設置されました。

Chim↑Pom事件：現代アートの挑戦

2011年、美術家グループChim↑Pomが、福島第一原子力発電所事故を思わせるベニヤ板を壁画に貼り付ける事件が発生しました。この行為は、壁画の空白部分を「21世紀の予言のための空白」と捉えたものでした。事件後、メンバーは書類送検されましたが、不起訴となり、後に作品は岡本太郎記念館に寄贈されました。この事件は、作品への解釈の多様性、そして現代アートにおける表現の自由について改めて考えさせるものとなりました。

大規模改修：未来への継承

2023年10月より、『明日の神話』の大規模改修が始まりました。渋谷駅への設置から15年以上が経過し、傷みが進んでいるため、汚れや亀裂の修復、保護剤の塗布などが行われます。複数年にわたる改修は、未来への継承に向けて、多くの人の協力を得て行われています。

『明日の神話』は、単なる美術作品ではなく、時代を超えて人々に問いかけ続ける力強いメッセージです。その歴史と未来を、私たちは見守っていかなければなりません。

もう一度検索