海の底

概要

『海の底』は、日本の作家・有川浩が手がけた小説で、2005年にメディアワークスより刊行されました。著者の代表的なシリーズである「自衛隊三部作」の一つに数えられ、「海」をテーマとした作品です。

物語は、神奈川県横須賀市の米軍基地で発生した未曽有の事態を中心に展開します。突如として海中から出現した巨大な甲殻類の大群が基地を襲撃し、多数の死傷者を出します。この混乱の中、基地内に停泊していた海上自衛隊の潜水艦「きりしお」に、逃げ遅れた子供たちを含む民間人と、彼らを保護した自衛隊員が取り残され、孤立無援の籠城を強いられることになります。作品は、潜水艦内部での人間ドラマと、外部で事態収拾のために奔走する自衛隊、警察、そして政府の視点を交錯させながら、事件発生から収束までの濃密な6日間を描き出します。

特筆すべき点として、事件の進行に伴うインターネット上の反応や、マスコミの報道といった、現代社会における情報の拡散と混乱も物語の重要な要素として盛り込まれており、これらのメディアが事態解決に貢献するのではなく、むしろ混乱を助長する存在として批判的に描かれています。

あらすじ

横須賀米軍基地に停泊中の海上自衛隊潜水艦「きりしお」は、急な出港命令を受けますが、その直後、湾内に潜む謎の生物によって身動きが取れなくなります。艦を放棄し陸上へ避難しようとした乗員たちが目にしたのは、人間を捕食する巨大な甲殻類「レガリス」の大群でした。基地外への退路を断たれた実習幹部の夏木大和三尉と冬原春臣三尉は、救助した13名の子供たちと共に、再び「きりしお」艦内へと退避します。しかし、艦の場所が米軍基地内であり、湾内がレガリスで埋め尽くされていることから、早急な救助は望めず、彼らは潜水艦の中で孤立します。

外部では、「非常識」な事態に戸惑いつつも主導権を握れない警察、自国施設への他国介入を拒む米軍、そして政治的思惑を優先する内閣など、各組織の対応は錯綜します。やがて、市街地へ侵入したレガリスは圧倒的な数と強靭さで人々を襲い、市民救助にあたる神奈川県警機動隊は凄惨な戦闘を強いられます。

一方、潜水艦内でも、極限状況下で子供たちの間に軋轢が生じ、複雑な人間関係が浮き彫りになっていきます。中でも、親の支配的な影響下にある少年・圭介は、年長の少女・望や自衛官の夏木と衝突を繰り返しますが、この事件を機に内面に変化が芽生えます。

レガリスについて

作中に登場する巨大甲殻類「レガリス」は、相模トラフの深海で発見された新種の生物と設定されています。ザリガニやイセエビに似た外見を持ち、拳銃弾を跳ね返すほどの固い殻を持っています。元々は全長2cmに満たない小型の生物でしたが、深海探査艇が採取した個体が沿岸域に散布されたことで、豊富な栄養を得て1mから3mにまで急激に巨大化しました。

彼らは女王を中心としたコロニーを形成する真社会性生物であり、高い学習能力と環境適応能力を持っています。特に、自然死以外の死因で死亡した個体から発せられる警戒臭に反応し、外敵回避などの行動をとる習性があります。横須賀への襲来は、米海軍の原潜が使用したアクティブソナーの音波が、女王エビが出す音波と同じ波長であったために、レガリスの大群が誘引された結果とされています。

主要登場人物

夏木大和: 海上自衛隊の実習幹部（三尉）。「きりしお」艦内で子供たちを保護し、籠城生活を支える中心人物。生真面目な性格で、子供たちの問題行動に真剣に向き合います。後に『クジラの彼』にも登場します。
冬原春臣: 夏木の同僚の実習幹部（三尉）。子供たちの扱いには長けていますが、夏木とは対照的に冷静で、容赦なく正論を述べます。彼もまた『クジラの彼』に登場します。
森生望: 潜水艦に取り残された最年長の未成年（高校3年生）。子供たちのまとめ役を務めます。夏木との交流を通じて成長し、後に防衛省の技官となります。
遠藤圭介: 潜水艦に取り残された中学生。支配的な母親の影響を受け、子供たちの中でリーダー格を気取りますが、この事件を経て内面が変化します。
明石亨: 神奈川県警警備部警備課の警部。「警備のカミサマ」の異名を持ち、組織内の軋轢に苦しみながらも、的確な情報収集や大胆な作戦立案で事態収拾に貢献します。怪獣映画の知識も持ち合わせます。
烏丸俊哉: 警察庁警備部参事官。「次期長官の秘蔵っ子」として、警察庁からの幕僚団を率い、関係各所との調整に奔走します。
芹澤斉: 相模水産研究所の所員。襲来した巨大生物がサガミ・レガリスの巨大化個体であることを科学的に実証し、対策に不可欠な情報を提供します。
川邊: 海上自衛隊潜水艦「きりしお」艦長。夏木や冬原といった問題児を叱咤しつつもその能力を評価していましたが、子供たちを「きりしお」へ避難させる際にレガリスの襲撃を受け死亡します。

登場兵器

本作では、自衛隊や警察、米軍の様々な装備が登場し、臨場感を高めています。主なものとしては、舞台となる海上自衛隊のおやしお型潜水艦「きりしお」や、レガリス殲滅作戦で誘導役を務める潜水艦「ふゆしお」、人員救出や輸送に使用されるUH-60J、CH-47、CH-53といったヘリコプター、地上での掃討戦に投入される60式無反動砲、73式装甲車、89式小銃、対レガリス用の高圧放水銃やネットガンなどが描写されます。これらの装備による戦闘シーンは、作品の大きな見どころの一つとなっています。

書籍情報・関連情報

本作は単行本として出版後、角川文庫より文庫版も刊行されています。文庫版には、番外編「海の底前夜祭」や、大森望による解説が収録されています。

また、本作は有川浩の「自衛隊シリーズ」として、『塩の街』、『空の中』、『空飛ぶ広報室』といった他の作品群とも関連性を持ちます。登場人物の中には、他の作品、特に『クジラの彼』にも名前が登場する人物がおり、その後の姿が描かれています。

メディアへの引用例としては、アニメ『継母の連れ子が元カノだった』の第1話で、主人公が本作を読む描写があります。

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