蛸薬師

蛸薬師：日本の伝承信仰

蛸薬師（たこやくし）は、日本各地に存在する独特な信仰であり、特に京都と東京でその名が知られています。この信仰は、愛媛県や千葉県、神奈川県、福井県、兵庫県、大阪府、岩手県、埼玉県、栃木県、静岡県、山形県など、広範囲に及ぶ地域で見られます。由来は地域ごとに異なり、共通して蛸の特性を基にしています。

蛸の特性と信仰の確立

蛸は、危険を感じた際には墨を吐き出す性質があります。また、暗闇の中でも物をしっかり見ることができる能力を持つとされ、この特性から蛸を通じて眼病の治癒や皮膚病、特に吹き出物や疣（いぼ）に対する効能が信じられるようになりました。蛸という生き物の象徴的な存在が、いかに人々に癒しをもたらすかが、この信仰の根底にあります。

京都の蛸薬師

京都に存在する蛸薬師は、永福寺（蛸薬師堂）の本尊として信仰されています。この寺の歴史は古く、もともとは伝教大師によって製作された薬師如来を中心とし、本来は「水上薬師」や「澤薬師」と呼ばれていました。しかし、時間の経過と共に「蛸薬師」と呼ばれるようになり、江戸時代には『都名所図会』に紹介されています。この寺は、様々な火災を経て1883年に岩津村へ移転してきましたが、本尊の蛸薬師の名は変わらず残っています。

特に興味深いのは、由来書に記載されているエピソードです。母親の病気を治すために蛸を求めたところ、購入した籠の中には蛸ではなく薬師経文が入っていたという話。この経文を基に、息子の僧がこれを薬師如来として祀り始めたことから、婦人病に霊験あらたかだとされるようになりました。江戸時代の文献でも、蛸を描いた絵馬に願いを託け、皮膚病に効くとされています。

東京の蛸薬師

一方、東京の目黒区にある蛸薬師は成就院の本尊です。この信仰は慈覚大師に由来し、彼が眼病の治癒を願って造られた像に基づいています。慈覚大師は唐から帰国する際、暴風雨に見舞われ、作った像を海に投げ入れ、無事に帰着できることを祈ったと伝えられています。その後、蛸に乗って戻った像が成就院の蛸薬師となったという神秘的なストーリーがあります。

この蛸薬師も眼病や皮膚病に対する信仰があり、『蛸の国』の中では、断食して祈ることで病が治るとされています。また、蛸の目がギョロリとしている様子が、眼病に効く理由ともされています。松平定信の『花月草紙』でも、この信仰の広がりを見ることができます。

蛸薬師信仰の広がり

さらに、歴史文献には蛸薬師にまつわる興味深いエピソードが記されています。一人の大工が凄まじい疣に悩まされ、蛸を断って目黒の薬師寺に祈願したところ、見事に治癒したという話です。しかし、その後の食事で蛸を食べようとして友人から非難され、大工は別の生き物のクモを断つことにしたという逸話も残っています。結局、再び疣ができてしまい、大工は自らの行いを悔いる形になります。このような伝説は、蛸薬師信仰が民間に深く根付いていたことを示唆しています。

まとめ

蛸薬師の信仰は、日本各所で独特な形で発展し、蛸の特性が人々の生活に根付いています。特に京都や東京の信仰を通じて、眼病や皮膚病の治癒が期待されるこの文化は、今も多くの人々に受け継がれています。

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