諸岡一羽

諸岡一羽

戦国時代の日本において、その名を轟かせた剣豪の一人に諸岡一羽（もろおか いちは、または、いっぱ）がいます。確かな生没年については諸説が存在し、天文2年（1533年）に生まれ、文禄2年9月8日（1593年10月2日）に没したとする説がある一方、更に100年ほど時代を遡るとする説も提唱されています。諱（いみな）は常成（つねなり）または景久（かげひさ）、通称は平五郎。姓の「師岡」や、名の「一端」「一巴」といった異なる表記も伝わっています。

出自、修業、そして開祖へ

諸岡一羽は、美濃国（現在の岐阜県南部）を本拠とした名門、土岐氏の一族に連なる家系に生まれたと伝えられています。父は師岡常良とされる人物です。

彼の剣術の源流については、広く知られた香取神道流の創始者である飯篠家直（いいざさ いえなお）の門下であったとする説が有力視されています。しかしながら、同時代に剣聖と謳われた塚原卜伝（つかはら ぼくでん）に師事したとする異説も存在しており、その師事関係には諸説あります。いずれの師に学んだにせよ、諸岡一羽は自らの剣技を確立し、独自の剣術流派である「一羽流」を興しました。彼はこの流派の開祖として、日本の武道史にその名を刻むことになります。

波乱の生涯

武芸者として名を上げた諸岡一羽は、常陸国（現在の茨城県）信太庄にあった江戸崎城主、土岐原治綱（ときはら はるつな）に仕官しました。しかし、主君である土岐原氏は、当時関東で大きな勢力を持っていた後北条氏に属していたため、歴史の大きな波に翻弄されることになります。

豊臣秀吉が天下統一を目指して行った小田原征伐の際、江戸崎城は秀吉方に味方した佐竹義重（さたけ よししげ）の攻撃を受け、ついに落城してしまいます。この出来事により、諸岡一羽は仕官先を失いました。

その後、会津（現在の福島県西部）の戦国大名である蘆名盛重（あしな もりしげ）から仕官の誘いを受けますが、一羽はこれを固辞したと伝えられています。彼は再び大名に仕える道を選ばず、自らの剣術をもって生きる決意を固めたのです。

彼は兵法家として独立し、道場を開いて多くの門弟に剣の道を教えました。晩年には癩風（らいふう）という病を患ったとされます。そして、一説によれば文禄2年（1593年）9月8日にその生涯を閉じたとされています。彼の墓は、現在も茨城県稲敷郡江戸崎町にある大念寺に静かに建っています。

一羽流の広がりと影響

諸岡一羽が開いた一羽流は、彼の門弟たちによって広く伝えられました。興味深いことに、彼の弟子たちは師の流派である「一羽流」を名乗った者だけでなく、「一波流（いっぱ）」、「卜傳流（ぼくでんりゅう）」、「微塵流（みじんりゅう）」、「鹿島神道流（かしましんとうりゅう）」など、様々な流派名を称して活動しました。これは、一羽の教えが多様な解釈や発展を遂げながら各地に広まっていったことを示唆しています。

特に注目されるのは、幕末期に京都で活躍し、歴史に名を刻んだ新撰組の局長、近藤勇（こんどう いさみ）が会得したことで知られる剣術流派「天然理心流（てんねんりしんりゅう）」です。この天然理心流は、一羽流の系譜を引くものであると伝えられており、諸岡一羽の剣術が後世の武道、とりわけ幕末の動乱期における重要な剣術流派にまで影響を与えたことがうかがえます。

関連人物

諸岡一羽の剣術の縁は、多くの武芸者や歴史上の人物と結びついていました。兄弟弟子とされる人物には、剛剣で知られた真壁氏幹（まかべ うじもと）や、伝鬼流の祖とされる斎藤伝鬼房（さいとう でんきぼう）、さらには室町幕府の第13代将軍である足利義輝（あしかが よしてる）、伊勢国の武将であり剣術家でもあった北畠具教（きたばたけ とものり）といった、当時の著名な剣客や有力者が名を連ねています。これらの交流が、一羽の剣技や思想に影響を与えた可能性も考えられます。

また、一羽自身の弟子としては、根岸兎角（ねぎし とかく）、岩間小熊（いわま こぐま）、土子土呂助（つちこ どろすけ）、小太刀半七（こだち はんしち）といった面々が挙げられます。彼らは師の教えを深く学び、それぞれが後の武術史に足跡を残しました。

作品への登場

戦国時代の剣豪として、諸岡一羽はその魅力的な生涯から多くの創作作品の題材となっています。

小説家 藤沢周平による短編小説「師弟剣-諸岡一羽斎と弟子たち」では、師である一羽と、彼に学ぶ弟子たちの姿が温かくも厳しい筆致で描かれています。この作品は『小説現代』昭和60年1月号に掲載され、後に藤沢周平全集第6巻に収録されました。

また、伝奇小説家 朝松健による短編「輝風、戻る能はず」にも諸岡一羽は登場します。この作品は、アンソロジー『異形コレクション』シリーズの第34巻「アート偏愛」（2006年、光文社）に収められています。これらの作品を通して、現代でも諸岡一羽という剣豪の存在は語り継がれています。

まとめ

諸岡一羽は、香取神道流の系譜に連なりつつ、独自の「一羽流」を開いた戦国時代の剣豪です。仕官と野に下る道を経て、兵法家として多くの弟子を育て上げました。その教えは多様な流派に分かれて広がり、遠く幕末の天然理心流にまで繋がったとされます。彼の生涯は、戦国時代の武士がいかにして武の道を究め、その技を後世に伝えたかを示す貴重な一例と言えるでしょう。彼の剣術は、現代にまで影響を与える偉大な系譜の源流の一つなのです。

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