隠し神

隠し神と各地の妖怪伝承：子供をさらう化物たちの物語

日本の妖怪の中には、夕方頃に現れ、遅くまで遊んでいる子供や、かくれんぼをしている子供をさらうとされる「隠し神」と呼ばれる存在がいます。このタイプの妖怪の伝承は全国各地に広がっており、地域によって様々な名称や特徴を持っています。本稿では、そうした妖怪たちの実態に迫り、日本の妖怪文化の一端を紹介します。

油取り：東北地方の恐怖

明治時代の東北地方では「油取り」と呼ばれる存在が恐れられていました。油取りは子供を誘拐し、体から油を搾り取ると信じられており、特に岩手県遠野地方では、明治維新の頃、この噂が瞬く間に広がり、大パニックを引き起こしました。子供誘拐の噂が連日飛び交い、村では夕方以降の女子供外出禁止令が出されるほどでした。川原で見つかった柴小屋の跡や、魚を焼くための串（ハサミと呼ばれた）が、油取りの証拠とされ、子供を串に刺して油を搾り取るとの恐ろしい噂も流布しました。

山形県西置賜郡小国町でも同様の噂が広がり、村人たちは見知らぬ者に警戒し、子供たちには早めの帰宅を厳しく言い聞かせました。特に女の子は良質な油が取れるとされ、狙われやすいとされていました。民俗学者柳田國男の『遠野物語拾遺』には、油取りは紺色の脚絆と手差しを身に着けた者で、その出現は戦争の始まりを告げるとの記述もあります。

各地の妖怪たち：多様な姿と伝承

栃木県鹿沼市では、「隠しん坊」と呼ばれる妖怪が、夕暮れ時に外で遊んでいる子供をさらうと伝えられています。兵庫県神戸市平野町では「隠れ婆（隠し婆）」が路地の隅などに潜み、かくれんぼをしている子供をさらうとされ、夕方のかくれんぼは厳しく禁じられていました。

和歌山県では「子取婆」が、遅くまで遊んで家に帰らない子供をさらって肝を薬の材料にすると言われています。青森県津軽地方と秋田県鹿角地方では、「叺親父」または「叺背負い」と呼ばれる、叺（袋）を背負った鬼のような大男が、泣いている子供を叺に押し込んでさらうと伝えられています。長野県埴科地方では同様の妖怪を「袋担ぎ」と呼び、かくれんぼをしている子供をさらうとされています。

島根県出雲地方の「子取りぞ」は、東北地方の油取りと同様に子供を絞って油を取り、南京皿を焼くのに用いたとされています。アイヌ民話には幼児の魂をさらう「化物婆」が登場します。

考察：恐怖と社会規範

これらの妖怪伝承は、単なる怪異譚ではなく、当時の社会状況や、子供たちの安全を守るための規範を反映していると考えられます。夕暮れ時の外出禁止や、かくれんぼの禁止といった戒めは、子供たちへの危険警告として機能していたのでしょう。また、油取りの伝承に見られるように、社会不安や戦争への恐怖が、妖怪の伝承に反映されている可能性も示唆されています。

これらの妖怪伝承は、時代や地域によって異なる表現や解釈がなされてきました。しかし、共通しているのは、子供たちへの危険や、社会不安への恐怖を表現しているという点です。これらの伝承を通して、過去の社会の姿や人々の生活、そして妖怪に対する信仰や畏怖の念を垣間見ることができます。

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