ある精肉店のはなし

『ある精肉店のはなし』（あるせいにくてんのはなし）は、2013年に公開された日本のドキュメンタリー映画です。纐纈あや監督にとって2作目の長編作品となる本作は、大阪府貝塚市に実在する北出精肉店を舞台に、そこで働く家族の日常を丹念に追った記録です。

北出家は、父母の代からこの地で「馬喰（ばくろう）」として牛の取引に携わってきた歴史ある家系です。現在は、長女の澄子、長男の新司とその妻・静子、そして弟の昭の四人が中心となり、牛の飼育から始まり、公営の屠畜場での食肉処理、そして自宅店舗での販売まで、全ての工程を家族の手で行っています。彼らの作業は、長年の経験に裏打ちされた熟練の技と、家族ならではの息の合った連携によって行われ、牛という大きな命と真摯に向き合う彼らの姿は、観る者に食の根源について深く考えさせます。この厳しい仕事の中で、家族の絆はより強固なものとなり、そこにはいつも、家族を支え続けた亡き父の存在が感じられます。

北出家は、かつての被差別部落にルーツを持つという歴史的な背景を抱えています。そのため、彼らは社会における謂れのない差別や偏見に直面してきました。父の世代は、そうした困難な状況の中でも家族のために懸命に働き続けたと言います。そして現代においても、差別は完全に消え去ったわけではありません。映画では、長男の新司たちが、不当な差別に対して抗議の声を上げるだけでなく、差別を生み出す社会の側、そして自らの内側にある意識をも変えていく必要があると感じている様子が描かれます。彼らは積極的に地域社会との交流を深め、自らの営みを隠すことなく開示することで、偏見を打ち破ろうとします。例えば、地元の盆踊りに参加して三日三晩踊り明かしたり、隣の岸和田市で開催されるだんじり祭りにも関わっています。特に弟の昭は、精肉業と並行して「太鼓屋」としても活動しており、彼らが処理した牛の皮をなめし、だんじり祭りで使用される和太鼓の革を張るという仕事も手掛けています。これは、彼らの営みが単なる食肉生産に留まらず、地域の文化や歴史と深く結びついていることを示しています。

物語は、2012年に北出家が長年利用してきた貝塚市の公営屠畜場の閉鎖が決定するという、彼らの家業にとって大きな転換点を迎えます。映画は、弟の昭が牛舎から屠畜場へと最後の牛を連れて行く場面や、年老いた母がその牛を静かに見送る姿を捉え、一つの時代の終わりと、それでも続いていく家族の営みを静かに映し出します。

本作は、監督の纐纈あやを中心に、プロデューサー・スチルの本橋成一、撮影の大久保千津奈、録音の増田岳彦、編集の鵜飼邦彦、サウンドデザイン・整音の江夏正晃、音楽の佐久間順平といったスタッフによって制作されました。その内容は国内外で高く評価され、平成26年度文化庁映画賞文化記録映画部門大賞をはじめ、釜山国際映画祭や山形国際ドキュメンタリー映画祭への正式出品、ドイツのニッポン・コネクションでの観客賞、2013年第87回キネマ旬報文化映画ベスト・テン第2位、第5回辻静雄食文化賞など、数多くの賞を受賞しています。

『ある精肉店のはなし』は、命の尊厳、食のあり方、家族の絆、そして社会に残る差別といった重層的なテーマを描きながらも、北出家の人々の温かさと力強さを通して、生きることの根源的な問いを私たちに投げかけます。彼らの誇り高い生き様は、観る者に深い感動と示唆を与えてくれるでしょう。

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