いもち病

いもち病：稲作における脅威とその対策

イネいもち病は、古くから稲作を脅かしてきた主要な病気です。日本では単に「いもち」と呼ばれ、欧米では「イネの胴枯病」や「イネの疫病」などと呼ばれています。この病気が広範囲に発生すると、稲の登熟不良による大幅な減収や食味の低下を招くため、農業従事者にとって深刻な問題となっています。歴史的には、17世紀初頭の中国を皮切りに、日本やイタリアでも記録されており、長い間稲作と共に存在してきた病気と言えるでしょう。

いもち病の原因

いもち病は、イネがイネいもち病菌（Pyricularia oryzae、シノニム:Magnaporthe oryzae）というカビの一種に感染することで発病します。感染過程は複雑で、まず病原菌の分生子がイネの葉に付着し、湿度を感知して発芽します。その後、強い圧力で菌糸をイネのクチクラ層に侵入させ、同時にメラニンを生成することで細胞壁を強化します。このメラニン生成は感染に必須であり、多くの殺菌剤はこのメラニン生成を阻害することでいもち病を防除しています。

2005年にはイネいもち病菌のゲノム解読が完了し、7本の染色体と酵母の3倍、人の80分の1のDNAを持つことが判明しました。このゲノム情報は、新たな防除法の開発に役立つ重要な知見です。

イネ品種によってもいもち病への抵抗性に差があり、コシヒカリやササニシキは抵抗性が弱く、あきたこまちはやや強い、日本晴はやや弱いといった具合です。

いもち病の症状

いもち病は、葉、穂、節など、イネの様々な部位に発生し、それぞれ葉いもち、穂いもち、節いもちと呼ばれます。症状は部位によって異なりますが、いずれもイネいもち病菌が原因です。深刻な場合は、イネ全体が枯死することもあります。

いもち病の防除対策

いもち病の防除には、薬剤散布による化学的防除と、農法による予防策の両方が重要です。

化学的防除:

現在、メラニン生合成阻害剤、抵抗性誘導剤、ストロビルリン系剤など、様々な殺菌剤が用いられています。これらの薬剤は、イネいもち病菌の増殖や感染を阻害する効果があります。かつては有機水銀系剤も使用されていましたが、毒性のため現在は使用されていません。

予防策:

無病種子の使用
罹病株の早期処分
高温多湿の回避、通風の確保
窒素肥料の過剰施肥の回避
いもち病抵抗性品種の選定
早期栽培の抑制
* 籾殻の適切な管理

近年、食味を重視する日本の稲作では、コシヒカリなどの良食味品種が好まれるため、いもち病に強い在来品種への転換は難しい状況です。そのため、食味も良くいもち病にも強い新品種開発が盛んに行われています。「ちゅらひかり」、「コシヒカリBL」、「中部125号」などがその成果です。

耐性菌の問題

近年、殺菌剤に対する耐性を持つイネいもち病菌が出現し、大きな問題となっています。2001年に初めて耐性菌が報告されて以来、日本全国に広がりを見せており、新たな防除対策の必要性が高まっています。耐性菌への対策としては、薬剤のローテーション、塩水選や種子消毒の徹底などが有効です。

いもち病は、稲作における重要な課題であり、今後も抵抗性品種の開発や、より効果的な防除法の研究が継続していく必要があります。

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