いろは丸

いろは丸：幕末の蒸気船、沈没事件の真相

いろは丸は、1860年代にイギリスで建造され、伊予国大洲藩（現在の愛媛県大洲市）が所有していた蒸気船です。大洲藩が購入した際に「伊呂波丸」と改名されました。45馬力の蒸気機関を備え、3本マストでの帆走も可能でした。

概要

1862年にスコットランドのグリーノックで建造されたいろは丸は、全長54mでした。1863年に薩摩藩がトーマス・ブレーク・グラバーから購入し、「安行丸」と命名されました。その後、1866年に大洲藩が新式銃器購入のため派遣していた国島紹徳が、薩摩藩士五代才助（五代友厚）の仲介により、銃器の代わりに購入しました。

国島は以前から蒸気船の必要性を感じており、同志と相談済みだったとされますが、計画変更の詳細は不明です。藩に無断で購入したため、藩内の守旧派から激しい非難を受けました。

大洲藩による購入後、いろは丸には藩士の国島紹徳・井上将策のほか、土佐藩出身の坂本龍馬など海援隊の隊員が乗り組みました。最初の回航では、藩の許可を得ていなかったため、薩摩藩の船として島津家の紋所を掲げて航海しました。しかし、長崎への出航後、同年11月に長浜に帰港した際には藩主加藤家の紋所を掲げて入港し、藩当局からも一応の了解を得られたとみられます。大洲藩は幕府に対し、船は城下町人対馬屋定兵衛が購入したもので、藩士が航海訓練と交易を行うと届け出ました。

1867年4月、土佐藩から小銃・弾薬の輸送を依頼された大洲藩は、いろは丸を貸与しました。坂本龍馬ら海援隊員が乗り組み長崎を出港しましたが、同年5月26日、瀬戸内海で紀州藩の明光丸と衝突し、鞆の浦まで曳航中に沈没しました。

いろは丸の想像図には外輪船として描かれているものもありますが、勝海舟の『海軍歴史』にはスクリュー船だったと記されています。船体調査からもスクリュー船の可能性が指摘されていますが、未だ不明であり、今後の詳細な調査が待たれます。

いろは丸沈没事件

1867年5月26日、いろは丸は海援隊の操縦で大坂へ向かう途中、備中国笠岡諸島付近で紀州藩の軍艦・明光丸と衝突しました。いろは丸が取舵、明光丸が面舵をとった結果、両船は衝突し、いろは丸は大破しました。

いろは丸は自力航行不能となり、明光丸に曳航される途中で沈没しました。乗組員は全員明光丸に乗り移り、死者は出ませんでした。龍馬らは鞆の浦に上陸し、紀州藩と賠償交渉を行いました。龍馬は万国公法を持ち出し、紀州藩側の過失を追及しました。

現在では、最初の衝突に至るまでのいろは丸の操船に過失があったとする説が有力ですが、紀州藩は龍馬の交渉術に翻弄されました。龍馬は明光丸の船長に対し、「万国公法に基づき非は明光丸にある」と主張し、1万両を要求しました。交渉は決裂し、明光丸は長崎へ向かい、龍馬は長州藩船で追跡しました。

長崎での再交渉では、龍馬らはミニエー銃400丁など、多額の積荷を主張し、万国公法にのっとり判断すべきと主張しましたが、紀州藩側は長崎奉行所の公裁を仰ぐべきと反論しました。龍馬は民衆を煽り紀州藩を批判する俗謡を流行らせました。

最終的に、五代友厚の仲介もあり、事故から1か月後に紀州藩が賠償金8万3526両198文を支払うことで決着しました。この賠償金額は、現在の貨幣価値に換算すれば164億円にも匹敵する巨額なものでした。しかし、沈没船の調査では、龍馬らが主張した銃火器などの積荷は確認されておらず、多額の賠償金を得るための「はったり」であったとみられています。

賠償金は7万両に減額されたうえで土佐藩に支払われましたが、龍馬はその大金を受け取ることなく暗殺されました。

この事故は、蒸気船同士の衝突事故としても、海難審判事故としても日本で最初の事例とされています。

後年の調査

1980年代にいろは丸の船体が海底で発見され、複数回の潜水調査が行われました。2005年の調査では、船体近辺から銃火器は発見されませんでした。2010年には、大洲市がいろは丸購入契約書の解析結果を発表し、いろは丸の由来に関する通説が覆されました。

備考

福山市営渡船では、「平成いろは丸」が運航されています。いろは丸を忠実に再現するため、船体の外観は黒で塗装され、客室の内装も当時の雰囲気を再現しています。

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